国一冷徹の皇子と結婚した不運令嬢は、神木とともに魔術を極めて皇子を援護する

ブラックローズ

「ええッ強盗ですか!?」
「ああ。最近王都に出没し出して、すでに店が二軒やられた」

 翌朝、ロインから報告を受けたメアリが驚きの声を上げる。単なる強盗なら、騎士団が警備すればすぐに捕まる。しかし、相手は魔術師らしく、姿を消して犯行に及ぶという。これは思った以上に厄介だ。

「王宮魔術師を配置する。犯行は夜にしか行われていないから大丈夫だろうが、しばらく昼間も出歩かないようにしろ」
「はい」

 小さくなったロカロスがメアリの耳元で囁く。

「さっそくブラッククイーンの出番が来たな」
「その名前は絵本の名前でしょ」
「では、ブラックローズにしよう。仕方ない」

 名前自体を付けてほしくないのだが、メアリの名前が入っていないのでバレることはないだろう。周りに人がいなくなったことを確認してから、ロカロスに問いかける。

「何故ローズなの?」
「そこにあったから」

 確かに窓の外に薔薇の花が咲いている。ロカロスの名付け方がわりと適当で、メアリはロカロスの名前を付ける時に散々悩んだことを思い出した。

 ともかく、やる気満々なロカロスに促され、夜のパトロールが決定した。

 王宮魔術師が配置されるのなら、ブラックローズの出番は無さそうなものだが、偵察の練習にはなるかもしれない。

「じゃあ、とりあえず偵察だけね」
「楽しみだ」

 ロカロスが鼻歌を歌いながら、花畑に消えていった。






「ロカロス。念のため聞くけど、それはなぁに?」

 現在、変装したメアリは部屋から抜け出し、同じく変装中のロカロスとともに王都の端にいた。ちなみにロカロスの葉を通して移動魔法を使い、部屋には鍵が掛かっているので誰にもバレてはいない。本当はノウのように移動魔法が得意であれば葉を通さずとも可能なのだが、如何せん専門外のため、まだ修行が必要だ。

 なるほど、王都を覗くと、言っていた通り数人の魔術師が立っている。

「これ、やっぱり私たち必要無いんじゃ」
「私が見たい」
「そうね……」

 ロカロスの純粋な好奇心を無碍にも出来ず、メアリは魔術師に見つからないよう、葉の中に戻った。

「ここなら安全だわ」

 二人はロカロスの世界から、王都のあちこちに残してきた葉を投影し、王都の様子を確認している。怪しい人物を見つけたら、そこへ行き捕まえる算段だ。

「メアリ」

 映像を見つめていたら、奥の方で走り去る人影があった。夜中に動き回るなど、それだけで不審者だ。

「怪しいわ」
「行こう」

 メアリが頷き、人影の近くの葉へと移動する。木の影に隠れ、辺りを窺う。

「みんな、どこに人がいるかしら」
『あっちよ~、あっち』

 草花に話しかけると、東の方向に揺れてくれた。

「ありがとう」

 音を立てないよう、慎重に歩みを進める。ある家の裏口で何か作業をしている男が一人いた。ここは魔術師が立っているところから少々離れている。それを狙ってのことだろう。

 まだ姿を消していないところを見ると、魔法が使える時間が限られているのかもしれない。メアリが一歩前に出て言う。

「そこまでよ」

 男が振り返る。口元を布で隠しているため顔はよく見えない。

「誰だ?」
「名乗る程でもないわ」

 小さくなったロカロスがメアリの周りをブンブン飛ぶ。

『何故だ。格好よく名乗ってくれ』
「あまり私の存在を広めたくないから」
「何をごちゃごちゃ言っている」
「あ、ごめんなさい」

 頭を下げて謝るが、それに男が激昂した。

「舐めているのか! 女一人で何が出来る」
「出来ます。いろいろ」

 男が刃物を取り出した。メアリが右手のひらをかざす。

特殊光(スペシャルライト)

 手のひらから閃光が飛び出す。眩しさのあまり、男が呻いた。

「うぉぉッ」

 その隙に植物を操り、蔓を男の体に巻き付ける。あっという間に動けなくなった。

「なんだ! 何をした!?」
「ごめんあそばせ。先を急ぎますので」

 あとは彼を見つけた誰かがうまく対処してくれるだろう。メアリがすべきは今すぐここから去ることだ。

『誰か来るぞ』
「うん」

 急いで葉に入ろうとしたら、男が飛び出してきた。

「そこにいるのは誰だ」

──ロイン様!

 葉に入るところを見られなくてよかった。メアリはその場から逃げ出した。

「待ってくれ!」

──ごめんなさい、待てません!

 いくら夫の頼みでもこればかりは譲れない。ばれたら最後、実家に帰れと言われるかもしれない。

 草陰に隠れたメアリは、大急ぎで葉の中に入った。すぐにロインがやってくるが、そこにはもう誰もいない。

「どういうことだ……」

 ロインは訝し気な表情で辺りを見回した。



「はぁ、危なかった」

 部屋でドレス姿に戻ったメアリが胸を撫で下ろす。もう少しで正体を知られるところだった。

「楽しかったな!」

 横でロカロスが腕を広げて楽しそうに話しかけてくる。メアリが口元に人差し指を当てた。

「しーッ廊下に聞こえるかもしれない」
「分かった」

 城は立派で壁は厚い。しかし、念には念を入れておいた方が安心だ。

「とりあえず解決したし、しばらく王都も平和になるわ」
「また盗人が現れるかもしれない」
「そんな怖いこと言わないで」

 伝説のロカロスが言うと本当に起きそうな気がしてくる。焦るメアリをよそに、ロカロスは上機嫌で帰っていった。

「私もさっさと寝よう。寝不足でクマなんか出来たら妃失格だわ」
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