国一冷徹の皇子と結婚した不運令嬢は、神木とともに魔術を極めて皇子を援護する
第三章

リリィの結婚

「メアリ様、リリィ様が間もなくご到着で御座います」
「やっとね!」

 それから二か月、今日は待ちに待ったリリィがやってくる日だ。挙式を明日に控え、前入りするリリィを迎えるべく、メアリは大門の前でジュークたちとともに今か今かと待っていた。

 スオン家の馬車が見える。あの中にリリィがいる。メアリの瞳が光り輝いた。

 馬車が門の前で停まったところで駆け寄りたかったが、ジュークを差し置いてそれはしてはならないことだ。この二か月きっちり勉強を行い、以前よりは妃としての振る舞いができるようになってきた。

 ただ、魔法の研究は妃らしくないことを理解しているものの、ロインの許可を得ているので止めていない。本当ならば二十四時間夫を支える方が良いのだろうけれども、誰かに守られていなければ存在できない人間にはなりたくないので、自分のことに加えて夫を守ることができる妻でありたいと思っている。

「リリィ、ようこそ」
「ジューク、これからよろしくお願いいたします」

 仲睦まじい二人を眺めていたら、リリィと目が合った。

「メアリ!」

 ジュークに目配せしたリリィがこちらへ駆け寄ってくる。妹として可愛がられている自覚はあるものの、こう嬉しそうにされると改めて実感する。

「いらっしゃいませ、お姉様」
「やっと会えたわ」

 リリィがぎゅうとメアリを抱きしめる。後ろにいたロインが眉をぴくりと動かした。

「相変わらず仲が良いね。焼いてしまうよ」
「あら、大事な妹ですので、大切にするのは当たり前ですわ。もちろん、旦那様のことも」
「それは安心した。僕も貴方がたを精一杯大事にしよう」

 その言葉にロインの眉間に皺が一本増えた。

「もういいだろう。中に入るぞ」
「はい、ロイン様」

 ロインの一言にぞろぞろと城内に入る。皇帝と皇后の戻りが夕方になるため、今ここでの最高権力者はロインなのだ。

「父上たちが戻ったら、改めて挨拶に伺おう」
「そうね。ちょっと緊張するわ」
「僕がいるから平気だよ」

 ロインはそれを生気のない瞳で眺めた。

──私の前でいちゃいちゃと失礼な弟たちだ。

 ちらりと横にいるメアリを見遣る。すぐに視線を元に戻して小さく息を吐いた。

 弟が結婚するまでの数か月、ロインも何もしなかったわけではない。遠征から帰還する時は土産物を買ったし、王都で評判の菓子も買って渡した。ノウを経由して。ロインは頭を抱えた。

──全部私から渡さなければ意味が無かったのに。しかも、贈り物をするしか能の無い人間のようだ。メアリには好かれたいのに……。

 もう、ため息すら尽き果てた。ロインは明日からさらに努力しようと誓った。しかし、それすら難しくなってしまった。





「メアリ、どうかしら」
「とてもお似合いです」

 目の前できゃっきゃする姉妹をロインが恨めしく見つめる。

──そうだった。この姉妹はとても仲が良いのを失念していた。

 今日はジュークとリリィの結婚式。今日ばかりは仕方がないと仲睦まじい二人から離れ、ジュークの元へ行く。

「準備はできたか?」
「はい、兄さん」
「花嫁も整ったようだから、式の打ち合わせをしておけ」
「はい」

 ジュークをリリィのもとに行かせることで、無事メアリの隣を確保できたロインは人知れず安堵した。

「結婚式楽しみですね」
「私たちは見ているだけだ」
「それだけで満足です」
「そうか」

 メアリが自分のことのように幸せな笑みを浮かべるので、ロインの口元もほんの少しだけ緩んだ。

 皇帝と皇后も姿を現し、結婚式が粛々と執り行われる。第一皇子の時と同じく大勢の民衆が新たな妃を見るため城の前に集まった。リリィの堂々たる背中を見て、メアリは身が引き締まる思いがした。

──お姉様に比べて私はまだまだ。現状に満足せず頑張りましょ。

 式が終わり、会食が無事終了した後、メアリは部屋に閉じこもり魔術の研究を進めた。ロインたちの地方遠征が近いからだ。二か月かけてロカロスの根を国中の至る所に張り巡らせて回ったため、国を出なければたいていの場所へは行き来することが可能となった。

 あとは己の魔術を磨いてロインを守る技術を身に着けるのみ。特に攻撃魔法は弱いため、そこを重点的に研究した。

「私は剣術が出来ないから、遠距離攻撃できる魔術はいいわ。それなら隠れて攻撃できるし誰にもバレない」

──バレたら二度とするなって怒られそうだし。

 夫の為とは言え、自分から危険に突っ込むことは褒められた行為ではないことは理解しいている。しかし、何もせず城でぬくぬくしているのはもっと嫌だ。

「だから、こっそり援護。これね」
「悪い妃じゃのぉ」
「ロカロス、しーッ」

 自室なのに思わずキョロキョロしてしまう。誰もおらず、ほっと胸に手を置いた。

「誰にも言ってはいないわよね? ブラックローズのことはロカロスしか知らないんだから」

 すると、ロカロスが手を腰に当てて答えた。

「もちろん。秘密だから格好良いのじゃ」

 ロカロスの返事に安心しながらも、メアリは少し俯いた。

「今回の遠征、大丈夫かしら」
「未確認の魔物とやらか?」
「うん」

 ロインとジュークの遠征は急遽決まったことだった。北の辺境の地で魔術師すら把握していない魔物が出現したというのだ。その確認のため、騎士団と魔術師を引き連れ、騎士団の代表として二人が赴くこととなった。

 あくまで確認だけだが、情報が無いためメアリの不安はどうしても募ってしまう。

「今回は姿を消す魔術を覚えて、しっかり援護するわ」
「うむ。すっかりメアリも魔術師だな」
「あらやだ、私は妃よ。魔術師の試験も受けていないし」
「わはは、たしかに」

 昼寝をするというロカロスに手を振り、メアリは改めて本に顔を戻した。

 以前対峙したシャドーウルフ程度ならどうにかなる。狂暴な性格だったとしても、騎士団がいれば問題は無い。しかし、相手の能力と数が予想を上回る可能性は大いにある。

「今まで確認されていなかったということは、他国から流れてきたか、住処を追われたか──……あるいは突然変異」

 最後の可能性が一番恐ろしい。今までどこかに生息していたのなら、人間と共存できる道はある。しかし、突然変異で生まれた魔物だとすると限界値を測ることができず、どれだけの脅威なのかが分からない。

「一匹だけならいいのだけれど」

 本をパラパラとめくり、あるページで手が止まる。

「あった。これだわ」

 本を手に目指すは昼寝をしているロカロスの世界。

「時間がかかるかもしれないからお邪魔しましょ。あそこならめいいっぱい練習できる」
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