国一冷徹の皇子と結婚した不運令嬢は、神木とともに魔術を極めて皇子を援護する
二人姉妹
「いってらっしゃいませ」
四日後、ロインたちが遠征へと旅立った。横にいるリリィが寂しそうな視線を送る。
「新婚早々寂しいですね」
「少しだけですわ。私にはメアリがいますし」
にっこり微笑まれる。メアリも同じように返す。
「私もお姉様がいてくださって嬉しいです」
「でも、妃教育が詰まっているのでしたわ。終わったら話し相手になってくださる?」
「私こそよろしくお願いします」
「約束でしてよ」
教育係に連れていかれるリリィを和やかに見送る。遠征で必要な研究もひとまず終了している。メアリは静かに手を叩いた。
瞬間、メアリの右上に映像が映し出される。そこにはロインとジューク、そして騎士団たちがいた。
──成功だわ。
ロインが持っているロカロスの葉に呼応して、常に映像を映し出せるように改造したのだ。範囲数メートルであれば様々な角度から見ることもできる。ただし、見るだけで何か手出しはできない。城での生活があるので逐一チェックすることは難しいが、この映像を視界の端に置いておけば、異常があればすぐ確認することが可能だ。
「これなら、ロインがメアリのいないところでやましいことをしていないかも調べられる」
「あの方はそんなことしません」
「おお、ロインはずいぶん信頼されている」
「当然です」
何故だかメアリ自身でも分からないけれども、ロインは出会った頃からメアリを大切にしてくれている。唯一の気がかりは、以前ロインの部屋で目撃した、自分に似ている少女の写真だろうか。
──もしかして、その子に似ているから私を大切にしてくれている?
そうなると、その少女が現れたら、自分はいったいどうなるのだろうか。あの写真がいつ撮られたものなのか不明なので、彼女も自分と同じか年上という可能性もある。それならロインと並んでも遜色ない。メアリは人知れず顔を青くさせた。
もしも、自分が大切にされている理由があの少女の代わりなのだとしたら、彼女が現れたら自分はいらないことになる。
──恐ろしいことだわ。早くロイン様に確認しないと……でも、本当に彼女の方が大切だと言われたら?
自分が拒否したら妃のままでいさせてもらえるだろうか。もし無理でも、側室としてはいさせてもらいたい。それもダメなら、せめて城で使ってほしい。
──ううん。全部私の我儘だわ。ここは王族の住まい。私はその方々の意向に沿うだけ。
きゅっと唇を結ぶ。
「まあ、メアリ様。今日は一段とやる気がおありになって」
つい先ほど来ていた教師が感心した声を上げる。やる気があるのは勉強ではないのだが、勉強をしなければならないのも事実。メアリはもやもやとした思いを勉強にぶつけた。
勉強の時間が終わり、額を押さえつつ昼食を見つめる。間もなくしてリリィがやってきた。
「おまたせ。頂きましょうか」
「はい」
今日は二人だけの食事だ。リリィは妃修行を始めたばかりだというのに余裕が見える。
「お姉様。ここでの生活はいかがですか?」
「メアリもいるし、ジューク様もお優しいし問題なく過ごせていてよ。メアリこそ、準備も間もならないまま嫁ぐことになってしまって、慣れない生活で大変ではなかった?」
言われたメアリがやや頬を赤くさせる。
「ロイン様が私の想像よりずっとお優しいので、幸せな生活を送れています」
「まあッ。手紙では聞いていたけど、実際にメアリの口から詳しく聞きたいわ」
メアリは一瞬後悔したが、話題に出したのは自分自身だ。諦めて、ロインとのちょっとした出来事を話した。
「ずいぶん奥手ですこと。夫婦なのだから、もっと積極的にいかれてもよろしいのに」
ロインの行動にはやや不満があるらしい。行動力のあるリリィのことだから、いつかロインにアドバイスをしてしまいそうだ。
「私は今のままで十分です」
「謙虚なところも素敵。でも、不満や不安があったら、私に教えてね」
「はい」
ロインの秘密は知っている。けれども、それだけだ。あの日から特別なことがあったわけではない。だから、安心できているかと言ったらそうでもない。こうしてリリィが来てくれて、メアリの心もだいぶ和らいだ。
「そういえば、この小さい方はどなたですの?」
メアリの頭上をふよふよ飛ぶロカロスに手を差し出してリリィが聞く。ロカロスがふんぞり返って言った。
「私は小さくなどない」
「この人は精霊さんです。私の護衛をしてくれているのです」
「まあ、そうなんですの。メアリは精霊を使役できるなんて優秀なのね」
「私は使役などされていない」
ロカロスが何を言っても小さな姿では威厳が無く、リリィは子犬を相手にするように笑いかけた。
「ふん。いつか、私の真の姿を見て恐れおののくがよい」
「本当に可愛らしいこと」
「メアリ、私はしばし休む」
「あら」
リリィに言葉で勝てず、ロカロスはポンと消えてしまった。自分の世界に帰ったのだろう。消えたところをリリィがパタパタと手を振る。
「消えてしまいましたわ。姿を消すことができるなんて不思議。また私とお話してくだるかしら」
「すぐ現れると思いますよ。暇だからって毎日お城や中庭をお散歩しているので」
「それは良いことを聞きました。うふふ、さっそく王宮での楽しみが増えて明日が待ち遠しいわ」
親元を離れて遠くやってきたというのに、実にたくましい義姉である。
「とりあえず、メアリの笑顔が見られただけで私は満足。末永くよろしくお願いしますね」
「私こそ、ご迷惑おかけすることもありますが、よろしくお願いいたします」
二人で手を取り合う。ここは育ててくれた両親はいないが、他人であったメアリたちを温かく迎えてくれた場所。きっと上手くやっていかれるだろう。
四日後、ロインたちが遠征へと旅立った。横にいるリリィが寂しそうな視線を送る。
「新婚早々寂しいですね」
「少しだけですわ。私にはメアリがいますし」
にっこり微笑まれる。メアリも同じように返す。
「私もお姉様がいてくださって嬉しいです」
「でも、妃教育が詰まっているのでしたわ。終わったら話し相手になってくださる?」
「私こそよろしくお願いします」
「約束でしてよ」
教育係に連れていかれるリリィを和やかに見送る。遠征で必要な研究もひとまず終了している。メアリは静かに手を叩いた。
瞬間、メアリの右上に映像が映し出される。そこにはロインとジューク、そして騎士団たちがいた。
──成功だわ。
ロインが持っているロカロスの葉に呼応して、常に映像を映し出せるように改造したのだ。範囲数メートルであれば様々な角度から見ることもできる。ただし、見るだけで何か手出しはできない。城での生活があるので逐一チェックすることは難しいが、この映像を視界の端に置いておけば、異常があればすぐ確認することが可能だ。
「これなら、ロインがメアリのいないところでやましいことをしていないかも調べられる」
「あの方はそんなことしません」
「おお、ロインはずいぶん信頼されている」
「当然です」
何故だかメアリ自身でも分からないけれども、ロインは出会った頃からメアリを大切にしてくれている。唯一の気がかりは、以前ロインの部屋で目撃した、自分に似ている少女の写真だろうか。
──もしかして、その子に似ているから私を大切にしてくれている?
そうなると、その少女が現れたら、自分はいったいどうなるのだろうか。あの写真がいつ撮られたものなのか不明なので、彼女も自分と同じか年上という可能性もある。それならロインと並んでも遜色ない。メアリは人知れず顔を青くさせた。
もしも、自分が大切にされている理由があの少女の代わりなのだとしたら、彼女が現れたら自分はいらないことになる。
──恐ろしいことだわ。早くロイン様に確認しないと……でも、本当に彼女の方が大切だと言われたら?
自分が拒否したら妃のままでいさせてもらえるだろうか。もし無理でも、側室としてはいさせてもらいたい。それもダメなら、せめて城で使ってほしい。
──ううん。全部私の我儘だわ。ここは王族の住まい。私はその方々の意向に沿うだけ。
きゅっと唇を結ぶ。
「まあ、メアリ様。今日は一段とやる気がおありになって」
つい先ほど来ていた教師が感心した声を上げる。やる気があるのは勉強ではないのだが、勉強をしなければならないのも事実。メアリはもやもやとした思いを勉強にぶつけた。
勉強の時間が終わり、額を押さえつつ昼食を見つめる。間もなくしてリリィがやってきた。
「おまたせ。頂きましょうか」
「はい」
今日は二人だけの食事だ。リリィは妃修行を始めたばかりだというのに余裕が見える。
「お姉様。ここでの生活はいかがですか?」
「メアリもいるし、ジューク様もお優しいし問題なく過ごせていてよ。メアリこそ、準備も間もならないまま嫁ぐことになってしまって、慣れない生活で大変ではなかった?」
言われたメアリがやや頬を赤くさせる。
「ロイン様が私の想像よりずっとお優しいので、幸せな生活を送れています」
「まあッ。手紙では聞いていたけど、実際にメアリの口から詳しく聞きたいわ」
メアリは一瞬後悔したが、話題に出したのは自分自身だ。諦めて、ロインとのちょっとした出来事を話した。
「ずいぶん奥手ですこと。夫婦なのだから、もっと積極的にいかれてもよろしいのに」
ロインの行動にはやや不満があるらしい。行動力のあるリリィのことだから、いつかロインにアドバイスをしてしまいそうだ。
「私は今のままで十分です」
「謙虚なところも素敵。でも、不満や不安があったら、私に教えてね」
「はい」
ロインの秘密は知っている。けれども、それだけだ。あの日から特別なことがあったわけではない。だから、安心できているかと言ったらそうでもない。こうしてリリィが来てくれて、メアリの心もだいぶ和らいだ。
「そういえば、この小さい方はどなたですの?」
メアリの頭上をふよふよ飛ぶロカロスに手を差し出してリリィが聞く。ロカロスがふんぞり返って言った。
「私は小さくなどない」
「この人は精霊さんです。私の護衛をしてくれているのです」
「まあ、そうなんですの。メアリは精霊を使役できるなんて優秀なのね」
「私は使役などされていない」
ロカロスが何を言っても小さな姿では威厳が無く、リリィは子犬を相手にするように笑いかけた。
「ふん。いつか、私の真の姿を見て恐れおののくがよい」
「本当に可愛らしいこと」
「メアリ、私はしばし休む」
「あら」
リリィに言葉で勝てず、ロカロスはポンと消えてしまった。自分の世界に帰ったのだろう。消えたところをリリィがパタパタと手を振る。
「消えてしまいましたわ。姿を消すことができるなんて不思議。また私とお話してくだるかしら」
「すぐ現れると思いますよ。暇だからって毎日お城や中庭をお散歩しているので」
「それは良いことを聞きました。うふふ、さっそく王宮での楽しみが増えて明日が待ち遠しいわ」
親元を離れて遠くやってきたというのに、実にたくましい義姉である。
「とりあえず、メアリの笑顔が見られただけで私は満足。末永くよろしくお願いしますね」
「私こそ、ご迷惑おかけすることもありますが、よろしくお願いいたします」
二人で手を取り合う。ここは育ててくれた両親はいないが、他人であったメアリたちを温かく迎えてくれた場所。きっと上手くやっていかれるだろう。