男たちの、本懐。
____…ずいぶんと年季の入った、埃臭い倉庫内でしばらく、
身を隠そうと
ひと息吐き出しかけた刹那に聴覚が拾った、あらたな足音。
シャー、シャリ、
シャリ。
ザザッ、
複数人ではない、
些か小股で、地面と擦れるようにして踏みしめている音であるから
その靴音の主は、
スリッパか何かの類いを履いているのだろう。
しかし現状、劣勢であることに変わりは無い。
何しろ冒頭にも述べたように、
お忍びで渡日している手前、一市民と言えども顔を突き合わせることは
余分な混乱を招くに値する。
(・・・・・コッチに向かってくる、か)
できるならば____そう、出来得るならば。
一般人を巻き込むべきではない事は十二分に用心してきたつもりだが、
こんな所で変に騒がれ
"ヤツら"に見つかっても困る。
壮絶な激痛と血の腐臭と、悴む寒さで、状況が状況なだけにコレほど不利で不測な事態が一日に積み重なるとは
どうやら人生、
退屈している暇も無さそうだ。
…なんてある種、怠慢な思考をひとりでに打ち出しながら、利き手を脇下に忍ばせ。
足音がコチラに動いてくるのをコンクリートに当てた、片手に伝わる振動で計算し
拳銃に指をかけ直す____…、
ガタンッ、!!
ギィっ、
キィーーー、
古い立て付けのせいか。
ドア枠が変形して引っかかっているその、木製扉の、僅かな隙間から「…っあれ。固っ」という
少女らしき幼い声がやけに、
耳の奥にしっとり馴染む。
決して高くは無いが、
女性にしては低めの____、
「っ、ぃ…っよ、」
────…すこし、暗がりだった倉庫内が、そのわずかな扉の隙から夕方の明かりをもちこんで視界を害するのに
目を眇めた。
血に濡れた手のひらで色素の薄い闇色の双眼を
覆った手負いの男は、
咄嗟に脇下のホルスターから、慣れた動作で拳銃をすばやく抜きとり
開いた木の扉から現した姿に向け、
発泡____…、
「────え」
「…」
目の前の少女に銃口を向けたのは僅か数秒____…
カチリッ、
安全装置を外し、人差し指にひっかけたトリガーで躊躇なく。
弾丸を、
撃ちこむ手筈だった____…、
「……え。大丈夫、ですか?」
白のワイシャツが血でよごれた男を見て開口一番、まるで通りすがりに挨拶を交わす、通行人Aのようなトーンで少女がそう、つぶやいたのだ。