ベイビー•プロポーズ
「え?邪魔って、もしかして私?」
「他に誰がいるの」
「ごめんね、獅子堂くん。じゃあ一緒に教室戻ろ?」
黎がこんなに冷たい声を出せることを今、初めて知った。声だけじゃなく、表情も視線も纏う雰囲気も。私の知らない黎だ。
自分に向けられているわけではないのに、少し身構えてしまった私と違い、女の子はその態度に臆することなく、甘えるような声を出して黎を見上げていた。
「もえ」
「え、あ、はい」
「うちのクラス、もう並ぶ?」
黎の声も表情も視線も、私に向けられるのはいつも通りのもの。
教室の前へ目を向けると、先ほどと変わらない大行列。さっきあんなに大注目を浴びてしまったわけだし、もう少し時間が経ってから並びたい。
でもどうせなら黎の接客を受けてみたいし……。
「黎は今から何時くらいまで当番なの?」
「もえが来る時間に合わせる」
「え?どういうこと?」
「もえが午後にくるなら午後にする」
「えっ、獅子堂く、」
「どうせ俺、もえの接客しかしないし。もえに合わせるよ」
「ねえ獅子堂くん!」
切羽詰まったような声を上げる女の子には目もくれず、彼女をまるで空気のように扱う黎は、私だけを見つめて「どうする?」と無表情で首を傾げる。
その黎の態度に安心してしまう私は、なんて大人気ないんだろう。