ベイビー•プロポーズ
「もえ、お待たせ」
ぎーっと大きな鉄の門が開く音と共に抑揚のない声が落ちてくる。
「えっ、早くない?片付けとか大丈夫なの?」
「平気。帰ろ」
「ねえ、本当にいいの?」
「なにが」
「後夜祭!今年でラストなんだよ。本当に出なくていいの?」
「もえがいないんだから出ても意味ない」
執事仕様から制服に着替えてやって来た黎は、座ったままの私を見下ろしてくる。夕方のこの時間でも未だ煌々としていた西日は、黎によって遮られた。
文化祭の醍醐味といえば後夜祭。この裏門に来るまでに体育館の脇を通ってきたけど、すでに中からは賑やかな声が聞こえていた。
私の中にある遠い記憶を呼び起こしてみると、特に3年の後夜祭は自分たちがメインということもあって楽しかった思い出がある。
後夜祭には全く興味がない、私と一緒に帰る、という黎に本当にそれでいいのか何度確認しても、返ってくる言葉は同じだった。
「もえ、お腹すいてる?」
「お昼にけっこう食べちゃったし、さっきもパフェ食べたばっかりだからそこまですいてないかな」
「そっか」
「黎はお腹すいた?」
「まあ、それなりに。もえと夜ご飯食べたいなって思ってた」
「じゃあどこかで寄り道してから軽く食べに行こうか?」
「行く」
私を見下ろす黎の口角が僅かに上がった。
「じゃあ先にお母さんに連絡いれちゃうね」
夜ご飯は食べてくるね、とメッセージを打ち終え立ちあがろうとした時、
「獅子堂くん!」
背後から聞こえてきたソプラノの声に、僅かに心がざわついた。