ベイビー•プロポーズ
「行こう、もえ」
私が振り向くよりも先。自分が呼ばれたことに間違いなく気付いているはずの黎は、その声の方へ視線を向けることなく私へ右手を伸ばしてくる。
「獅子堂くん!」
「……」
「メッセージ送ったんだけど、見てくれた?」
開かれていた門を抜けて私と黎の横までかけ足でやってきたさやかちゃん。メイド服姿から制服に着替えたツインテールの彼女は、縋るような声色と視線を黎へと向けながら、徐々に距離を詰めてくる。
一方の黎はこんな場面でも通常運転。一切視線を向けず、その問いに答えることもない。
「もえ、立って。行こう」
言葉の後に珍しく小さなため息を吐いた黎。
なんだか板挟み状態になっているような気分の私は、黎だけをひたすらに見つめているさやかちゃんを横目に戸惑いながらも立ち上がった。
――と、私が立ち上がったとほぼ同時。
「伊藤くんのお姉さん」と黎と話す時よりもやや落ち着いたトーンの声色が横から聞こえてきた。
「え?私?」
「はい。獅子堂くんのこと、貸してもらえませんか?」
「……は?」
「獅子堂くんと2人になりたいんです。少しの時間でいいので」
黎に向けるような好意的な上目遣いを封印しているさやかちゃんの私に向ける眼差しは、分かりすいほど冷ややかだ。
敵意を隠そうとしないそんな態度に若干イラっとしつつ、若さって凄いなあ、なんて7歳下の子に関心もしてしまっている。