ベイビー•プロポーズ
「なら少しだけ、獅子堂くんの時間をちょうだい?」
「だったらここで話して」
「2人になりたいんだけど……だめ、かなあ」
「無理」
「獅子堂くんだけに私の気持ちをちゃんと伝えたいの。お願い」
さっきとは打って変わって、再び縋るような甘えたな声を出すさやかちゃん。黎に対する気持ちは本物なんだろう。真っすぐな想いが黎の背中越しにしっかりと伝わってきた。
やっぱりここは2人にしてあげたほうがいいのかも……。
黎から距離を取るため静かに動き出そうとしたのだけれど、私のことになると異常に敏感な黎にその動きは察知されていて。
ゆっくりと一歩下がった時、背をこちらへ向けたままの黎の腕が伸びてきて私の右腕をぎゅっと掴んだ。
まるで背中にも目が付いているみたい。
「もえ、行かないで」
首だけで振り返った黎の揺れる瞳に吸い込まれそうになる。「お願い」と念押しされ、私の動きはぴたりと止まってしまった。
返事はせず動きだけ止めた私を数秒見つめた黎は、掴んでいた私の腕をそっと離すと再びさやかちゃんの方へと顔を向け直した。
「2人にはならない。話ならここで聞く」
「わかった。残念だけどしょうがないね」
弱々しい声を出したさやかちゃんはゆっくりと歩き出し、黎との距離を縮めた。
「ねぇ、獅子堂くん」
「なに」
「後夜祭のジンクスって知ってる?」
「知らない」
「ふふ、そっかあ」
小さく漏らした笑い声と意味ありげな口調が、いやに耳に残る。
後夜祭のジンクス……、私たちの時代もそんなものがあった。確か、恋愛系のジンクスだったけど……。
頭の中で過去の記憶を辿っていく。
"後夜祭でキスした2人は永遠に結ばれる"
ふと、そのジンクスが頭を過ったとほぼ同時。目の前の黎の身体が大きく前へと傾いた。