ベイビー•プロポーズ
「……どういう、こと?」
瞬きをするたびに零れ落ちる涙を何度も何度も拭ってくれている黎に向かって首を傾げた。
「それって、キスされてないってこと……?」
「いや、された」
「……」
なんだよ、やっぱりキスされてるんじゃん。
淡い期待をしたのも束の間、間髪入れずに返ってきた答えに喉の奥がぐっと詰まる。
ますます黎の言葉の意味が分からない。さやかちゃんにはキスをされた、だけどさっきのキスはファーストキスじゃない。なに?どういうこと?
――もしかして……、
「黎、誰かとキスしたことあるの…?」
涙で滲む視界の先にいる黎へと恐る恐る、伺うように尋ねた。
こくり、黎の首が縦に動いた瞬間、頭を鈍器で殴られたような衝撃を受け、くらりと眩暈がした。
次に続く言葉が出てこなくて、口を軽く開いたまま固まってしまう。
「……だ、れ?」
張り付いた喉からようやく出た言葉は、情けないくらいに震えていて。
「もえ、怒らない?」
「……うん」
「俺のこと、嫌いにならない?」
「…………うん」
もう1度目元を拭われて、ぼんやりではあるけれど黎の表情を確認することができた。
今日は前髪を上げているせいで露わになっている眉が僅かに下がっている。その顔には、怯えのような影が走っていた。