ベイビー•プロポーズ
あんな身勝手なことをしておいて、平然と俺に話しかけられる目の前の女の頭の中は一体どうなっているんだろう。
ハエとはいっても唇に突撃されるのは普通に気持ち悪い。嫌悪しか感じない。
そもそも、日曜日のことがなくても俺はこの女とまともな会話をしたことがないし、いくら話しかけられようと相手にするつもりはない。
もえで120%埋まっている俺の中には、誰であろうと入り込む隙間は1ミリだってない。
「おーい!獅子堂くーん」
目の前でひらひらと掌を揺らされる。
うざい。気持ち悪い。不愉快。迷惑。ムカつく。
自然に眉間に皺が寄る。迫り上がってくるものが口から出そうになる。
だけど、その言葉たちをぐっと飲み込んだ。
怒りの感情をこの女に感じてしまうこと自体もったいない気がする。
両腕を重ね合わせて再び机に突っ伏した。上から雑音が落ちてくるけど、シャットアウトして眠りの世界に入る。
夢の中にもえが出てきてくれないかな。
夢の中では笑ってくれてるといいな……――
「なあ、そこどけて」
「あっ、伊藤くん!」
「邪魔だからどけろって」
「あのね、獅子堂くんがね、」
「お前じゃ俺のねーちゃんには勝てねぇから潔く諦めな。はい、邪魔邪魔〜」
聞き慣れた声に顔を上げるとあおは、しっしっ、と手で害虫を追い払っていた。
さすがあお。ちゃっかりしっかりシスコンだ。