ベイビー•プロポーズ
顔を見なくても分かる、機嫌の悪そうな沢城先輩の棘ついた声と、そんな先輩に臆することのない艶めいた声。
女性の声に聞き覚えはないけれど、話の感じからするとマーケティング部の先輩のよう。
「とりあえず、連絡先交換しない?」
「いや、彼女はいらないんで」
「やっぱり今フリーなんだ?私沢城くんと遊んでみたいなぁ〜」
「無理っすね」
「私はナシってこと?」
「はい」
「はは、やっぱりガード固いねぇ。ま、その気になったらいつでも声かけて!」
案外あっさりと引いた先輩のヒールの音は「じゃあね」という声と共に遠ざかっていった。
こっちに来たらどうしよう……、と内心ヒヤヒヤしていたけど、どうやら反対側のエレベーターホールへ向かったよう。
足音が完全に消えたところで角から顔を覗かせ、沢城先輩が1人なのを確認。
ずっとここで右往左往しているわけにもいかない。
部長にもらった500円玉を右手に握りしめながら歩き出し、沢城先輩の背中へ「お疲れ様です…!」と声をかけた。
「っ、……びびった。お疲れ」
「す、すいません。急に話しかけちゃって」
「いや別に」
「……」
「……」
ぴくっと肩を揺らし振り向いた沢城先輩。急な声掛けに驚いたのか僅かに瞳を見開かせていたけれど、その瞳はいつも通りの鋭さに戻った。そんな先輩を視界に入れた私も、明らかな様子の違いに同じように目を見開いた。