ベイビー•プロポーズ
正面から漂ってくる負のオーラ。沢城先輩の周りに真っ黒な靄の幻覚が見えてしまうほど、そのオーラに圧倒されてしまう。
なにより驚いたのは、沢城先輩の鋭い三白眼が一切の光を通さないほど真っ暗に沈んでいること。表情も瞳もオーラも、何もかもが闇落ちしているといっても過言ではない。
この1週間、先輩のすぐ隣で仕事をしていたのに全く気付かなかった……。
何て声を掛けるべきか分からず立ち竦んでいると、眉を顰めた沢城先輩は軽く首を傾げた。
「伊藤、お前顔やばくね?」
「え……、」
「今にも死にそう」
「……」
まさかのまさか、死にかけの表情をしている沢城先輩にそんなことを言われるなんて。私はよっぽど酷い顔をしているらしい。
でも沢城先輩、それは特大ブーメランですよ。
なんて心の声は口に出せるはずもなく。
その言葉をぐっと飲みこんで、「まあ、いろいろありまして……」と濁して答えながら自販機で飲み物を買うために歩き出し、沢城先輩の真横に並んだ。と、その時、先輩からは普段香ってくることのない強い煙草の匂いをがした。
同じフロアにある喫煙所で吸っていたのだろうか。沢城先輩が喫煙者だということを今、初めて知った。
「……先輩こそ大丈夫ですか?」
「なにが」
「先輩も死にそうです」
「まじ?」
「まじです」
不健康さを隠しきれていない沢城先輩が心配になってしまい、思わず口を開いてしまっていた。余計なことを言ってしまったかも……と横目をちらりと向けると、沢城先輩は目を伏せたまま僅かに口角を上げていた。