ベイビー•プロポーズ
「なあ黎、俺の名前ちゃんと呼んでみて」

「碧葉」

「私の名前は?」

「もえ……………………………、」

「じゃあさ、碧葉って10回言ってみて」

「碧葉、碧葉、碧葉、碧葉、――」

「はい。黎の彼女の名前は?」

「もえ……………………………、」

「ふははっ、なんでだよ!」


どうやら黎は本気で私の名前が呼べないらしい。


お腹を抱えて大笑いをしている碧葉に黎は「俺もわからない」と少し眉を寄せている。


「黎、恥ずかしいの?」

「……そんなことない。ちゃんと言える」

「じゃあお願いします」

「もえ…………………………、」

「……ふふっ」


何度やっても「もえ、」で止まってしまう黎。


口を真一文字にきゅっと結んだ黎は、バツが悪そうに視線を下へと逸らした。よほど恥ずかしいのか、さっきよりも顔が赤らんでいるように見える。


その表情にきゅん、と胸が打たれた。


「やだ〜黎!可愛すぎるっ!」


私の心を代弁するように、お母さんが手と手を合わせて反応した。


"男の人を可愛いと思ったら危険"というのは間違いない。過去、黎のことを可愛いと思ってしまったその瞬間から、私は知らず知らずのうちに黎の沼に嵌っていたのかもしれない。


「……全然嬉しくない」


まあ、本人はこの通り、可愛いと言われるのは不服みたいだけど。
 

この後何度かチャレンジしていた黎だったけど、私の名前を呼ぶことはできなかった。
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