ベイビー•プロポーズ

今までの比較的穏やかだった空気が一気に変わった。いや、変わったのは黎の雰囲気の方かも。


これまでに感じたことがないくらい、雄々しさを纏った黎の両手が私の手元から離れ、肩口へとそっと添えられる。


「ねえ、ほんとに待って」

「頂上でファーストキスするとその相手と永遠に結ばれるんだって」

「ん?さっきと違くない?」

「うん。これは俺が今決めたジンクス」


さらりとそう言いのけた黎の顔がゆったりと近付いてくる。


恐らくもう、観覧車は頂上までやってきたあたりだ。ちらりと横目に外の景色を確認した黎もそのことに気付いたのか、鼻と鼻が触れ合いそうになるくらいまで一気に距離が縮められた。


「もえ、いい?」

「……だ、め」

「だめはだめ」


多少なりとも抵抗しようと身を捩らせるけど、肩口に添えられたままだった両手にぐっと力がこめられて、私の動きは完全に止められる。


もう、流されちゃう?――――







「っ、黎、待って!」


一瞬迷った。心にある様々な思いや考えを捨てて、目の前の黎を受け入れてしまおうか。そんなことが頭を過ったけど……


流されるあと1歩手前、私は黎の胸元を押し返し、響き渡るくらい大きな声で黎を制していた。
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