ベイビー•プロポーズ
結婚だなんてそんな大袈裟な……と思ったけど、それを口にするのは憚られてしまった。だって、黎がこんなにも苦しそうな声を出すから。
ふらふらと頭を揺らしながら上体を起こした黎が私の瞳を再び捕らえる。
「どうすればいいんだろう」
「……」
「これ以上何をしたらもえの心は手に入る?」
「……」
……やめて。そんな苦しそうな声を出さないで。
そんな悲しそうな瞳で見つめないで。
こんな風に、黎が私に対して弱音を吐くのは初めてのことだった。きっとこれまでずっと、私の前ではこの本音を隠してただただ真っ直ぐな言葉だけを向けてくれていたんだ。
「もえが好きすぎて苦しい」
ぐらり、足場が崩壊したように心が大きく揺れる。
だけど、今の私は黎に手を伸ばすことはできなくて……。
お互いがお互い、ゆらゆらと揺れる目の前の瞳を見つめながら、同じように唇と唇の端をきゅっと結んだまま、時が過ぎるのを待っていた。
それからすぐに外から光が入り込んできて。短かったような、長かったような、1周の終わりがすぐそこまできていた。
「降りよ、もえ」
扉が開いてもその場を動けずにいた私に、先に立ち上がった黎は手を差し伸べてくれる。
気持ちに応えることはできないくせに突き放すこともできない。中途半端に黎に接している自分が嫌だ。黎に苦しい思いをさせている自分が嫌だ。
ずるくてごめん。
口には出さず心の中で小さく謝って、差し出された手に自分の手を重ねた。