愛すべきマリア
 そして翌日、朝食を終えたマリアがメイド達と一緒に庭園に向かうと、乗馬服に身を包んだ王妃が待ち構えていた。

「おはよう、マリア。私を覚えている?」

「おはようございましゅ。えっと……ごめんなさい。覚えてないわ」

「まあ仕方がないわね。あなたと初めて会ったのはもっと未来のことだもの」

「?????」

 不思議そうな顔で王妃の顔を見るマリア。

「そんなことはどうでも良いじゃない? ねえ、遊びましょうよ。何をして遊ぶ?」

「おばちゃま、マリアと遊んでくれるの?」

「ええ、そのつもりで待っていたのよ。木登り? それとも駆けっこかしら」

 じっと王妃の顔を見ていたマリアが両手を高く突き出した。

「駆けっこ! お花畑まで競争よ!」

「いいわ。全力でお相手するわね。私って忖度ができない質なのよ」

「?????」

 ニヤッと笑った王妃が先に駆け出す。

「あっ! おばちゃま待ってぇぇぇぇぇ」

 王妃の後を追うマリアと、その後を必死でついて行くメイド達。
 護衛騎士は余裕の表情の小走りで、常に適切な距離を保っていた。

「なあ、本気みたいだぜ?」

「マジかよ……」

 執務室の窓からその様子を目撃したアレンとトーマスが呆れた声を出した。

「なんだ?」

 眉間に皺を寄せながら書類を呼んでいたアラバスが立ち上がる。

「ワンダリア王国の王妃陛下だよ。乗馬服でマリア嬢と駆けっこしてる」

「はあ?」

 アラバスが窓辺に駆け寄った時には、小さくなった後姿しか見えなかった。

「何考えてんだ? あのおばちゃんは」

 呆然とそう呟いたアラバスの横で、トーマスがボソッと言う。

「マリアが噓を吐いているんじゃないかと疑っておられるのかもな。確認なさっているのかもしれない」

 アレンがトーマスの肩をポンと叩いた。

「考え過ぎだ。あれが演技ならマリア嬢は舞台女優になれるさ。ところで相談があるんだが」

 トーマスとアラバスが同時にアレンを見た。

「マリア嬢にトーマスを兄と認識させるために、全員で一芝居打つぞ」

 三人はソファーセットに座った。
 アレンの作戦を聞き終わったトーマスが眉間に皺を寄せている。

「そんなことで信じるか?」

「やってみなきゃわからんだろ」

「まあ……そりゃそうだが」

 アラバスが真面目な顔で言う。

「何もしないより良いだろう。それで? お前はどういう役だ? 俺は?」

 アレンが楽しそうに言った。

「役も何も、ぜんぶ本当のことを言うだけさ。僕たちはトーマスの幼馴染で、今は仕事仲間。そしてアラバスは、マリア嬢の婚約者。全部間違ってないだろ? 例の一点を除いては」

「それを信じるか? 五歳児でも子供だましだって言いそうだ」

 トーマスが呆れた声を出した。
 アレンが自信満々に言う。

「大丈夫だよ。五歳児だと通用しないかもしれないが、マリア嬢は三歳だもん」

「不安しかない……」

 アレンは協力者たちに説明してくると言って部屋を出ていった。
 アラバスがトーマスに視線を向ける。

「トーマス、俺はできるだけ早く婚姻式を挙げようと思っている。王も王妃も同意した。反対しているのは弟だが、こいつは黙らせる」

 トーマスが驚いた顔でアラバスを見る。

「なぜ! 無理だよ」

「急ぐ必要があるからだ。どうやらあの狸娘が嗅ぎつけた」

「狸? もしかして隣国の?」

「ああ、ラランジェ・シラーズ第二王女殿下だよ。怪我をしたマリアは婚約破棄されて、自分が新たな婚約者になるのだと学園で吹聴しているそうだ。カーチスが直接聞いたらしい」

「はぁぁぁぁぁ……」

 アラバスはトーマスの肩をポンと叩いて執務机へと戻る。
 トーマスは自分の机に積み上げられた書類の山を数秒眺めた後、もう一度溜息を吐いてから諦めたように仕事を始めた。
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