愛すべきマリア
 お仕着せをドロドロに汚したメイド達の前を、手を繋いで楽しそうに歩く王妃とマリア。
 王妃もマリアもメイドたち以上に服を汚している。

「何をしたらあんなに汚れるんだ?」

 執務室の窓からその様子を眺めていたアラバスの呟きに立ち上がったのはトーマスだ。

「マリアか?」

「ああ、王妃陛下の乗馬服も泥まみれだよ。母上はマリアと遊ぶために騎士服を十着以上準備したそうだ」

 トーマスが小さく息を吐いて言った。

「九輪草って知ってるか? 水辺に咲く可憐な花だ。どうやら林にある小川の周りに群生しているらしい」

 アラバスが怪訝な顔でトーマスを見た。

「九輪草?」

「マイブームなんだとさ。メイドが教えてくれた」

「それを取りに行ったのか? しかしなぜ泥が?」

「コケたのか、わざとハマったのか……三歳児のやることは良く分からん」

 アラバスが肩を竦める。

「三歳児ならまだ諦めもつくが、母上は四十になるんだぜ?」

「娘のように接したいと言われていたが、まさかここまでとはな」

 話に参加してきたのはアレンだ。
 アラバスがアレンに向き直る。

「話は通したか?」

「ああ、いつでもOKだ。ちなみに国王陛下にはカーチス殿下から伝えてもらった。随分面白がっておられるようだ」

「では今日にでも決行するか」

「え? 本当にやるの?」

 トーマスが焦った表情を浮かべる。

「何言ってるんだ? お前の為じゃないか」

 完全に面白がっていると思ったが、トーマスはもう何も言わなかった。
 そして夕食後、三人揃ってルビーの間へと向かう。

「ただいま、マリア。今日も楽しく遊んだかい?」

 トーマスの声にマリアが駆け寄ってきた。
 すでに湯あみは済ませているらしく、可愛らしいピンクの夜着を纏っている。
 三歳児のマリアの好みに合わせるとこうなるのだろうが、十七歳の熟れた体を包むには少々心もとない感じではある。

 アラバスとアレンは慌てて視線を逸らせた。
 メイドが慌ててガウンを羽織らせてくれる。

「お帰り! 今日はとっても優しいおばちゃまとお花を見に行ったのよ」

「おば……おばちゃまって」

 トーマスが焦ってマリアの口を閉じようとすると、マリアにガウンを羽織らせたメイドが静かな声で言う。

「王妃陛下のご意向です」

 言いたいことをグッと堪えてトーマスがマリアの手を取った。

「今日は僕の友達を連れてきたんだ。マリアともお友達になってくれるんだって」

 マリアの顔がパッと輝く。
 アレンが一歩前に出た。

「僕はトーマスのお友達で、アレンって言うんだ。マリアちゃんとも友達になりたいんだけれど、どうかな?」

 マリアが満面の笑みで頷く。

「うん、いいよ。仲良しのトマシュのお友達ならマリアのお友達ね」

 アレンがニヤッと笑ってアラバスを肘でつつく。
 チッという舌打ちの音がしたが、全員が気づかない振りで流した。

「アラバスだ」

「ア? アアシュ?」

「ア・ラ・バ・スだ」

 マリアの目がほんのりと潤んだ。
 慌ててアレンが取り成す。

「言いにくいよね? アアシュ……アアシュ……アーシュで良くない? うん、そうしよう」

 マリアがにっこりと笑った。

「アーシュもマリアとお友達?」

「ああ」

 トーマスと手を繋いだままソファーに座ったマリアが不思議そうな顔をした。

「みんな大きいねぇ。トマシュとアエンとアシュね? うん、覚えた!」

「そうか、偉いなあマリアちゃんは」

 アレンはノリノリだ。

「なぜラとバとスが発音できないんだ? 言えているのはアだけじゃないか」

 実に野暮な質問を飛ばすアラバスに答えたのは王子妃専属侍女だった。

「三歳児というのは、聞いたことがある語彙がまだ少ないですし、舌使いがまだ下手なのです。何卒ご了承くださいませ」

 真面目な顔で頭を下げられたアラバスは不機嫌そうな声を出した。

「怒っているわけではない。理由が知りたかっただけだ」

「左様でございましたか、それは大変失礼いたしました」

 マリアがトーマスの手を握ったままアラバスの上着を引いた。

「アシュはぽんぽん痛いの?」

「はあ?」

 あんぐりと口を開けたアラバスのことなど構いもせず、マリアは目の前に立つ第一王子殿下の下腹をスリスリと撫でた。

「治れ治れ。痛いの飛んでけ~」

 非常にデリケートな部分を
撫でられたアラバスは、耳を真っ赤に染めながら呟く。

「お前……そこは……」

「治った?」

「あっ……ああ……不本意ながら元気になってしまった」

「良かったねぇ」

 必死で笑いを堪えながらアレンが言った。

「そう言えばマリアちゃんって、トーマスのことがお兄ちゃんってわからないんだって?」

 マリアが小首を傾げる。
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