愛すべきマリア
4
コホンとひとつ咳払いをしたアレンがお道化た調子で言う。
「ねえマリアちゃん。トーマスは君のお兄ちゃんなんだよ?」
マリアが真面目な顔で頬を膨らませた。
「違うよ! お兄ちゃまはもっと小さいもん」
「あれ? もしかして……マリアちゃんは成長の祝福を知らないの? 人はね、三歳から七歳までの間で、たった一日で大人になるんだよ。まあ体だけだけどね。早い人だと三歳かな、遅くても七歳までには来るんだ。マリアちゃんのお兄ちゃんは何歳?」
「七歳」
「そうかぁ……じゃあ成長が遅いタイプの人だったんだね。でもやっとトーマスお兄ちゃんにもその日が来たんだよ。丁度マリアちゃんが眠っていた時だから、気づかなかったのかもね。トーマスの体は大人になったんだ。まあ中身はまだまだガキだけど」
トーマスが口をパクパクさせながらアレンを見た。
まるっと無視して続けるアレン。
「僕は早い方だったからずっと前に終わってる。アラバスもそうだ。だからわかるのだけれど、マリアちゃんも早いタイプじゃないかなぁ」
「そうなの?」
「うん、お兄ちゃんの顔は覚えてる?」
「勿論よ。大好きなお兄ちゃまだもん」
マリアの言葉にデレるトーマス。
「大きくなっちゃったトーマスはお兄ちゃんの顔じゃない?」
「よく似てる……本当にお兄ちゃまなの? マリアが知らないうちに大きくなっちゃったの? だからおててもからだも大きくて、ほっぺがじょりじょりするの?」
マリアが振り返ってメイド達を見た。
全員が示し合わせたように頷いている。
「メリイもエミリも? みんなは何歳だったの?」
メリイがコホンと小さく咳をして声を出した。
「私は五歳でございます」
続けてエミリが口を開く。
「私は六歳でした」
マリアが不思議そうな顔で侍女長を見た。
「じょじょちょは?」
「私は遅くて七歳でしたわ。お兄様と同じですわね」
「ふぅん……不思議ね。いきなり大きくなるなんて」
素直にアレンの言葉を咀嚼している。
「アエンは?」
「僕は三歳だった」
「アシュは?」
「……忘れたが、同じ頃だろう」
「ふぅん……」
納得したのかしていないのか、トーマスに縋りつくようにして顔を覗き込むマリア。
そんな妹の手を引いてソファーに座り、その手を自分の頬に当てた。
何の躊躇もなくトマスの膝に座るマリア。
「おい! お前たちはいつもそうやって座っているのか?」
アラバスの声に、ニヤッと笑ったトーマスが答える。
「僕が望んでいるわけじゃないんだけれど、なぜかマリアがそうするんだよ」
「兄妹と言えど、マリアには婚約者がいるんだぞ? 控えるべきだろう!」
我慢しきれなかったアレンが噴き出した。
「こんにゃくにゃ?」
アラバスが前のめりで言葉を吐く。
「違う! 婚約者だ。そしてマリアの婚約者は俺だ。俺以外には、そのようなことをしてはダメなんだ」
「ダメなの?」
「そうだ、ダメだ」
そう言うとアラバスはトーマスの向かい側にどっかりと座った。
「だからこちらに来なさい」
マリアが不思議そうな顔でアラバスを見た。
「膝に座っていいのは婚約者だと相場が決まっている。トーマスに婚約者ができたら、その女性がそこに座るんだ。だからマリアはもう座ってはいけない」
マリアは使用人たちに助けを求めたが、全員が打ち合わせたように視線をずらした。
「そうなの? アエン」
「まあ……そうかも? トーマスにはまだ婚約者がいないから、許してくれているだけかな? いずれトーマスもお嫁さんを迎えるだろ? そうなったらマリアちゃんはダメだね」
マリアが『お嫁さん』という言葉に反応を示した。
「お嫁しゃん! マリア知ってるよ。真っ白なドレスでキラキラしてるんでしょ?」
「真っ白? ああ、ウェディングドレスのことか。そうだよ。女の子が一生で一番輝く日だ」
「マリアも! マリアもお嫁しゃんやる!」
トーマスが慌てて何かを言おうとするのをアレンが止めた。
アラバスが前のめりになってマリアに言う。
「そうか! マリアはお嫁さんになりたいのか」
「うん! 真っ白でキラキラになる!」
「よし分かった! すぐに準備を進めよう」
「おい! ちょっと待て!」
トーマスが慌てて立ち上がろうとするが、マリアが乗っているのでどうしようもない。
アレンが宥めるように言った。
「そうだね、マリアちゃんもいつかはお嫁さんになるんだ。楽しみかい?」
「うん! 早くなりたい」
「じゃあお嫁さんになるためのお勉強を始めないとね」
「お勉強? なあに? それ」
「マリアちゃんの体はもうすぐ大人になるでしょ? でもね、中身が追い付いてないとお嫁さんにはなれないんだ。だからお勉強」
「トマシュもアエンもアシュも?」
アレンが急に神妙な顔になる。
「ああ、僕たちにとっては、日々のすべてが勉強だと言える……
後ろで侍女長がプッと吹き出した音がした。
それをチラッと見たアレンが続ける。
「そう言えばマリア、今日一緒に遊んだきれいなおばちゃんとはどんなお話をしたの?」
マリアが人差し指を顎に当てて考えている。
「何でもマリアの好きにして良いって。ずっと子供でいて良いって言ったよ」
「あのばばあ……」
そう呟いたのはアラバスだった。
「ねえマリアちゃん。トーマスは君のお兄ちゃんなんだよ?」
マリアが真面目な顔で頬を膨らませた。
「違うよ! お兄ちゃまはもっと小さいもん」
「あれ? もしかして……マリアちゃんは成長の祝福を知らないの? 人はね、三歳から七歳までの間で、たった一日で大人になるんだよ。まあ体だけだけどね。早い人だと三歳かな、遅くても七歳までには来るんだ。マリアちゃんのお兄ちゃんは何歳?」
「七歳」
「そうかぁ……じゃあ成長が遅いタイプの人だったんだね。でもやっとトーマスお兄ちゃんにもその日が来たんだよ。丁度マリアちゃんが眠っていた時だから、気づかなかったのかもね。トーマスの体は大人になったんだ。まあ中身はまだまだガキだけど」
トーマスが口をパクパクさせながらアレンを見た。
まるっと無視して続けるアレン。
「僕は早い方だったからずっと前に終わってる。アラバスもそうだ。だからわかるのだけれど、マリアちゃんも早いタイプじゃないかなぁ」
「そうなの?」
「うん、お兄ちゃんの顔は覚えてる?」
「勿論よ。大好きなお兄ちゃまだもん」
マリアの言葉にデレるトーマス。
「大きくなっちゃったトーマスはお兄ちゃんの顔じゃない?」
「よく似てる……本当にお兄ちゃまなの? マリアが知らないうちに大きくなっちゃったの? だからおててもからだも大きくて、ほっぺがじょりじょりするの?」
マリアが振り返ってメイド達を見た。
全員が示し合わせたように頷いている。
「メリイもエミリも? みんなは何歳だったの?」
メリイがコホンと小さく咳をして声を出した。
「私は五歳でございます」
続けてエミリが口を開く。
「私は六歳でした」
マリアが不思議そうな顔で侍女長を見た。
「じょじょちょは?」
「私は遅くて七歳でしたわ。お兄様と同じですわね」
「ふぅん……不思議ね。いきなり大きくなるなんて」
素直にアレンの言葉を咀嚼している。
「アエンは?」
「僕は三歳だった」
「アシュは?」
「……忘れたが、同じ頃だろう」
「ふぅん……」
納得したのかしていないのか、トーマスに縋りつくようにして顔を覗き込むマリア。
そんな妹の手を引いてソファーに座り、その手を自分の頬に当てた。
何の躊躇もなくトマスの膝に座るマリア。
「おい! お前たちはいつもそうやって座っているのか?」
アラバスの声に、ニヤッと笑ったトーマスが答える。
「僕が望んでいるわけじゃないんだけれど、なぜかマリアがそうするんだよ」
「兄妹と言えど、マリアには婚約者がいるんだぞ? 控えるべきだろう!」
我慢しきれなかったアレンが噴き出した。
「こんにゃくにゃ?」
アラバスが前のめりで言葉を吐く。
「違う! 婚約者だ。そしてマリアの婚約者は俺だ。俺以外には、そのようなことをしてはダメなんだ」
「ダメなの?」
「そうだ、ダメだ」
そう言うとアラバスはトーマスの向かい側にどっかりと座った。
「だからこちらに来なさい」
マリアが不思議そうな顔でアラバスを見た。
「膝に座っていいのは婚約者だと相場が決まっている。トーマスに婚約者ができたら、その女性がそこに座るんだ。だからマリアはもう座ってはいけない」
マリアは使用人たちに助けを求めたが、全員が打ち合わせたように視線をずらした。
「そうなの? アエン」
「まあ……そうかも? トーマスにはまだ婚約者がいないから、許してくれているだけかな? いずれトーマスもお嫁さんを迎えるだろ? そうなったらマリアちゃんはダメだね」
マリアが『お嫁さん』という言葉に反応を示した。
「お嫁しゃん! マリア知ってるよ。真っ白なドレスでキラキラしてるんでしょ?」
「真っ白? ああ、ウェディングドレスのことか。そうだよ。女の子が一生で一番輝く日だ」
「マリアも! マリアもお嫁しゃんやる!」
トーマスが慌てて何かを言おうとするのをアレンが止めた。
アラバスが前のめりになってマリアに言う。
「そうか! マリアはお嫁さんになりたいのか」
「うん! 真っ白でキラキラになる!」
「よし分かった! すぐに準備を進めよう」
「おい! ちょっと待て!」
トーマスが慌てて立ち上がろうとするが、マリアが乗っているのでどうしようもない。
アレンが宥めるように言った。
「そうだね、マリアちゃんもいつかはお嫁さんになるんだ。楽しみかい?」
「うん! 早くなりたい」
「じゃあお嫁さんになるためのお勉強を始めないとね」
「お勉強? なあに? それ」
「マリアちゃんの体はもうすぐ大人になるでしょ? でもね、中身が追い付いてないとお嫁さんにはなれないんだ。だからお勉強」
「トマシュもアエンもアシュも?」
アレンが急に神妙な顔になる。
「ああ、僕たちにとっては、日々のすべてが勉強だと言える……
後ろで侍女長がプッと吹き出した音がした。
それをチラッと見たアレンが続ける。
「そう言えばマリア、今日一緒に遊んだきれいなおばちゃんとはどんなお話をしたの?」
マリアが人差し指を顎に当てて考えている。
「何でもマリアの好きにして良いって。ずっと子供でいて良いって言ったよ」
「あのばばあ……」
そう呟いたのはアラバスだった。