愛すべきマリア
「ああ、なるほどね。それで没落ってことか。その見返りが永代保護ってことだね?」
アレンがポンと手を打った。
「そういうことだ。しかし、ここにきて当代クランプが欲を出したんだな。あいつはシラーズ王国と内通している。ここからは憶測だが、その使者となっているのがタタン家だろう」
トーマスが眉を顰める。
「また利用するってことか? そして危なくなったら切り捨てるって魂胆だな」
「ああ、恐らくそうだろう。しかしタタン家もそれほどバカじゃない。しっかり保険を打っていた」
「確かに貴族の入出国は管理も厳しいが、平民となると割と簡易だもんな。商人なら尚更だ」
「それが消えた侍女ってこと?」
カーチスの問いに頷くアラバス。
「しかも、おそらくは女ではない。小柄な男ではないかと思う」
アラバスの言葉に三人は顔を見合わせた。
「タタン家を調べてくるよ」
立ち上がろうとしたトーマスをアラバスが止めた。
「もう調べつくしたと言っただろう? 該当しそうな奴が一人いるんだ。まあ、カーチスの話を聞くまで思い出しもしなかったが」
「どういうこと?」
ニヤッと笑ったアラバスが机の上に置いたお菓子を、片手で隅に寄せた。
「まずはタタン家だ。これが当主、まあ当主といっても身分は平民だし、表向きはクランプ家の庭師だ。そしてこれが妻で、長男と次男」
新しいクッキーを次々にテーブルに並べていくアラバス。
「で、これが当主の愛人で、これがその息子だ。その息子というのが……」
途中で言葉を切り、ニヤッと笑ってみせるアラバス。
「その侍女だと?」
カーチスが素っ頓狂な声を出した。
「庭師の庶子は、隣国との使者にぴったりな存在だ。そう考えたクランプは、その息子に特殊な教育を受けさせた。それが気配を消せる所以だな」
「なるほどね」
「そいつは男だが体つきはかなり華奢だと聞いている。だがやはり男は男、足までは小さくできなかったのだろう」
三人は食い入るようにアラバスの話を聞いている。
「タタンは考えたのだろう。たとえクランプに裏切られても、先祖の轍は踏むまいとね」
「なるほど、ダブルスパイか」
「その通り。おそらくこの男がマリアを呼び出して、階段から突き落としたのだろう。そこまでは狸王女の指示だな。ということはシラーズ王国の意思ということだ。クランプはまさかそこまでするとは思っていなかったのだろう。大慌てでそいつを消そうとした。自分との繋がりが出たら、今度こそ拙いもんなぁ。それで例の放火事件。しかし奴はダブルスパイだ」
「ということは、あの事件を調べても探していた侍女どころか、その男も出てこない?」
「ああ、おそらくは」
「何の罪もない者たちが犠牲になったのだとしたら、とんでもない愚行だな」
「俺の予想では、タタンの愛人とその使用人達だろうと思う」
三人が小さく溜息を吐いた。
「当の息子はすでに出国しているだろうな。我々が探していたのは女だ。行商人に扮した男など、網の目にかかるわけがない」
「実に巧妙だな。ダブルスパイということは、シラーズに行ったのだろうか」
「どうだかな。意外と西の国かも知れんぞ?」
「えっ!」
一番大きな声を出したのはカーチスだった。
「保険だと言っただろう? 消そうとしたクランプと内通している国に頼っても、殺されに行くようなものさ。となると、西の国と考えるのが妥当だ」
「はぁぁぁぁ……怖いねぇ」
アラバスが片方の口角を上げて、そう呟いた弟に言う。
「あくまでも俺の予想だ。そしてその裏付け調査はお前たちの仕事だ」
三人が黙り込んでしまったとき、いきなり執務室のドアが開いた。
「アシュ! 遊ぼう」
そこに立っていたのは、エプロンドレスを泥で汚したマリアと、シンプルなドレスの裾を草塗れにしている王妃陛下だった。
アレンがポンと手を打った。
「そういうことだ。しかし、ここにきて当代クランプが欲を出したんだな。あいつはシラーズ王国と内通している。ここからは憶測だが、その使者となっているのがタタン家だろう」
トーマスが眉を顰める。
「また利用するってことか? そして危なくなったら切り捨てるって魂胆だな」
「ああ、恐らくそうだろう。しかしタタン家もそれほどバカじゃない。しっかり保険を打っていた」
「確かに貴族の入出国は管理も厳しいが、平民となると割と簡易だもんな。商人なら尚更だ」
「それが消えた侍女ってこと?」
カーチスの問いに頷くアラバス。
「しかも、おそらくは女ではない。小柄な男ではないかと思う」
アラバスの言葉に三人は顔を見合わせた。
「タタン家を調べてくるよ」
立ち上がろうとしたトーマスをアラバスが止めた。
「もう調べつくしたと言っただろう? 該当しそうな奴が一人いるんだ。まあ、カーチスの話を聞くまで思い出しもしなかったが」
「どういうこと?」
ニヤッと笑ったアラバスが机の上に置いたお菓子を、片手で隅に寄せた。
「まずはタタン家だ。これが当主、まあ当主といっても身分は平民だし、表向きはクランプ家の庭師だ。そしてこれが妻で、長男と次男」
新しいクッキーを次々にテーブルに並べていくアラバス。
「で、これが当主の愛人で、これがその息子だ。その息子というのが……」
途中で言葉を切り、ニヤッと笑ってみせるアラバス。
「その侍女だと?」
カーチスが素っ頓狂な声を出した。
「庭師の庶子は、隣国との使者にぴったりな存在だ。そう考えたクランプは、その息子に特殊な教育を受けさせた。それが気配を消せる所以だな」
「なるほどね」
「そいつは男だが体つきはかなり華奢だと聞いている。だがやはり男は男、足までは小さくできなかったのだろう」
三人は食い入るようにアラバスの話を聞いている。
「タタンは考えたのだろう。たとえクランプに裏切られても、先祖の轍は踏むまいとね」
「なるほど、ダブルスパイか」
「その通り。おそらくこの男がマリアを呼び出して、階段から突き落としたのだろう。そこまでは狸王女の指示だな。ということはシラーズ王国の意思ということだ。クランプはまさかそこまでするとは思っていなかったのだろう。大慌てでそいつを消そうとした。自分との繋がりが出たら、今度こそ拙いもんなぁ。それで例の放火事件。しかし奴はダブルスパイだ」
「ということは、あの事件を調べても探していた侍女どころか、その男も出てこない?」
「ああ、おそらくは」
「何の罪もない者たちが犠牲になったのだとしたら、とんでもない愚行だな」
「俺の予想では、タタンの愛人とその使用人達だろうと思う」
三人が小さく溜息を吐いた。
「当の息子はすでに出国しているだろうな。我々が探していたのは女だ。行商人に扮した男など、網の目にかかるわけがない」
「実に巧妙だな。ダブルスパイということは、シラーズに行ったのだろうか」
「どうだかな。意外と西の国かも知れんぞ?」
「えっ!」
一番大きな声を出したのはカーチスだった。
「保険だと言っただろう? 消そうとしたクランプと内通している国に頼っても、殺されに行くようなものさ。となると、西の国と考えるのが妥当だ」
「はぁぁぁぁ……怖いねぇ」
アラバスが片方の口角を上げて、そう呟いた弟に言う。
「あくまでも俺の予想だ。そしてその裏付け調査はお前たちの仕事だ」
三人が黙り込んでしまったとき、いきなり執務室のドアが開いた。
「アシュ! 遊ぼう」
そこに立っていたのは、エプロンドレスを泥で汚したマリアと、シンプルなドレスの裾を草塗れにしている王妃陛下だった。