愛すべきマリア
 アラバスは宣言通り、その翌月には婚姻式を強行した。
 トーマスは、式の途中でマリアが飽きて駄々をこね始めるのではないかとハラハラしたが、幸いなことに、それは杞憂に終わり、始終ご機嫌な顔をしていた。 
 バラの庭に設えた披露宴会場に移動した一行は、準備された軽食でワインを楽しんでいる。
 澄み切った青空が二人の未来を祝福しているかのようだ。

「おめでとうマリアちゃん。今日からは私のことをお義母様って呼んでね?」

 王妃陛下の言葉にキョトンとするマリア。

「なあぜ?」

「だって私の息子のアラバスと結婚したでしょう? 夫の母親は義母になるのよ?」

「アシュはおばちゃまの子供だったの?」

「実はそうなのよ。見た目も性格も全然似てないけれど」

 いやいや、顔も激しい性格も瓜二つですよ……と全員が心で突っ込む。

「私のことはお義父様と呼んでくれ、かわいいお嫁ちゃん」

 国王陛下はデレデレだ。

「おじちゃまがマリアのお義父様?」

「そうだ。パパって呼んでも良い」

「パパって……」

 誰かの呟きが木霊のように消えていく。

「じゃあ僕はマリアの義弟ってことになるな。同級生だけど弟ってことだ」

「カチスが弟になるの? カチスはマリアと同じ年なの? じゃあカチスも四歳になるんだね。へへへ、マリアと一緒にお祝いしてもらおうね」

「あ……ああ、そうだな」

「じゃあ明日からカチスも一緒にお勉強する?」

「いや、僕はちょっと違うことを習っているから、一緒にはならないよ」

「え~! 一緒が良いよぉぉぉぉ」

 困り果てたカーチスがアラバスを見た。

「俺を見るな」

 バッサリと弟を切り捨てたアラバスが、父王に向かって言う。

「国王陛下、立太子はいつになりましょうか」

「半年後の豊国祭の夜会で発表する予定だ」

「畏まりました」

「お前たちが婚姻したことは、すぐに国中に広まるだろう。さて、どう動いてくるかな?」

「準備万端で迎え撃ちますよ」

 息子の返事に頷いた国王が王妃に腕を差し出した。

「今日は休みだ。たまにはゆっくりしようではないか」

「ええ、陛下。目出度い日ですもの」

 嬉しそうな顔をした国王が、とっておきのワインを持ってこいと侍従に申しつけた。

「大人しくしてたなぁ。偉かったよ、マリア」

 トーマスの声に、嬉しそうな顔で頷くマリア。

「うん。ねえお兄ちゃま、マリア真っ白でキラキラしてた?」

「ああ、物凄くきれいだったよ。きれいすぎてお兄ちゃまは涙がでちゃった」

「えんえんしたの? ぽんぽん痛いの?」

「違うよ。嬉しくっても涙が出るものなんだ。マリアは楽しかったかい?」

「うん! 楽しかったけど、アシュのお口はガシャガシャしてた」

 誓いのキスのことだろう。

「ガシャガシャ? 荒れていたか?」

 アラバスが慌てて自分の唇を指で撫でた。

「うん、ガシャガシャだった。でもね、ぷくぷくしてて、マリアもふわふわになった」

 全員の頭の上にはてなマークが浮かんだが、聞き返す勇気を持つ者はいなかった。

「まあ良い。今日からマリアは部屋を替わるんだ。聞いているな?」

「うん、アシュのお部屋の隣でしょ? お兄ちゃまも一緒に行くんでしょ?」

 アラバスが真顔で否定した。

「トーマスは来ない。マリアだけが移るんだ」

「えっ……一人でねんね……むりっ! いやだ!」

 ニヤッと笑ったトーマスの後頭部を扇でポンと打ったのはラングレー公爵夫人だ。

「あれ? マリアちゃんはお勉強したことを忘れちゃったのかしら?」

 マリアが夫人の顔を見ながら、少しだけ目を泳がせた。

「忘れて……ないでしゅ……じゃなくて、忘れてないです」

「そう? 良かったわ。じゃあどうするのだったかしら?」

「一人でねんねできます」

「そうね。でも本当に一人ではないから安心して? 怖くなったらアシュを起こしちゃえばいいのよ。すぐに飛んできてくれるはずだから」

 そう言うと、妖艶な微笑みでアラバスにウィンクをしてみせた。

「アシュが来てくれるの? お兄ちゃまは?」

 答えようとするトーマスより先に、アラバスが声を出した。

「大丈夫だ。俺がマリアを守る。お前は安心して過ごしなさい」

 悔しいような嬉しいような、複雑な心境を表情で表しているトーマスを見て、カーチスとアレンが吹き出した。

「さあ、そろそろ部屋に戻ろう」

 アラバスがマリアに手を出すと、頷いたマリアは素直にその手を取った。
 婚礼衣装に身を包んだ美男と美女がバラ園の中を歩いていく。
 花嫁が時々しゃがみ込んで、虫を捕まえようとしているのはご愛敬だろう。
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