愛すべきマリア
王妃が王子達を連れてきたのは国王の私室だった。
すでに側近の二人は揃っており、アラバス達のすぐ後で王宮医が入って来る。
マリアは国王の横に座って、怒っても可愛らしいだけの顔をアラバスに向けていた。
「マリア、体は大丈夫か?」
「アシュがマリアをベッドに放り投げたんだもん! いじわるしたんだもん!」
国王がギロッとアラバスを睨みつける。
小さく溜息を吐き、トーマスの顔を横目で見るアラバス。
入室するなり殴りかかって来るだろうと思っていた幼馴染で親友で側近のトーマスは、唇を嚙みしめたまま拳を握っているだけだった。
「すまん、トーマス。約束を違えてしまった」
「媚薬を盛られたのだろう? 先ほど報告があったよ。わが国では流通していないもので、おそらく国外から持ち込まれたものだろうということだった」
「それでも……それでも俺は耐えるべきだった。窓から飛び降りてでも自分の欲望に負けてはいけなかったんだ……すまん」
「お待ちください」
声を出したのは王宮医だ。
「今朝早く呼ばれた私は、まだ眠っている王子妃殿下にお声を掛けました。すると殿下は私の顔を見て名前を呼んで下さったのです。その上で『久しぶりですね』と仰ったのですよ。あれは間違いなく転落事故に遭う前のマリア嬢でした」
「それは誠か!」
王妃が鋭い声をあげた。
「はい、間違いございません。しかし、診察をしている途中で、再び眠ってしまわれて、目覚められた時には……」
「幼子のマリアだったと申すのか?」
「はい、仰せの通りでございます」
「では昨夜アラバスが契りを交わしたのは?」
アラバスが静かな声で答える。
「俺から説明します。最初は三歳児のマリアでした。スミレの砂糖漬けをひとつ食べさせて、俺はワインを飲みました。メイドが持ってきたもので、ゲーム室に置いたままにしたワインで、持ってきたメイドはアレンに命じられたと言っていました」
アレンが鋭い舌打ちをした。
「父王にいただいた祝いのワインでしたし、残すのは勿体ないと思ったのだろうと、そこまで深く考えなかった俺の落ち度です。それからマリアを自室に連れて行き、ベッドに入らせたとき、俺は自分の変化に気づきました。このままでは拙いと思い、気を削ごうと腕を傷つけたりしましたが上手くいきませんでした。俺の呻き声を聞いたマリアが起きだしてきて……獣のような気持ちを抑えきれず……俺はマリアをベッドに放り投げたのです」
トーマスの体がビクッと揺れた。
隣でアレンがトーマスの腕を掴んだ。
「その時のマリアはまだ幼子のままでした。俺は最後の自制心を振り絞って、マリアを遠ざけようとマリアの体を押しました。その拍子にマリアがベッドから転がり落ちましたが、抱き起こしてしまうと、そのまま離せなくなると思い、俺は枕を嚙んで耐えるしかなかったのです」
誰一人声を出さずに聞いている。
「すると……マリアが俺の頭を撫でました。その時のマリアは、俺を『殿下』と呼んだのです。その後『アラバス様』とも。そして彼女は『婚姻式も済ませたようですし、何の遠慮がいりましょうか』と。そして存分に愛してくれと……彼女はそう言って俺を抱きしめて……」
トーマスが、震える声で聞いた。
「では、その時のマリアは十七歳のマリアだったのだな?」
アラバスが顔を上げる。
「俺はそう確信している。しかし……それにしてもお前との約束を違えたことには変わりは無いさ。本当にすまなかった。トーマス、気が済むまで殴ってくれ」
「マリアが許可をしたのだろう? 僕にはお前を殴る理由は無いよ。今のが真実だとすると、王妃陛下、マリアはなんと言って駆け込んだのでしょう?」
王妃陛下が小首を傾げて記憶を辿る。
「確か……泣きながら寝室にやってきて『アシュがマリアにいじわるしたの』って言ってたわね。昨日は初夜でしょう? 心は三歳でも体は十七歳じゃない。アラバスの理性がもつかしらって心配していたものだから、てっきり……ねえ、マリアちゃん。アシュにどんないじわるをされたの?」
国王の肩に頭をもたせかけていたマリアが、キョトンとした顔で言う。
「マリアをポンッって放り投げたのよ? ふわっとしてバンッてなって怖かったのよ? それにね、アシュったらマリアをドンッて突いたの。いじわるでしょ?」
「それだけ?」
「うん、それだけ。その後でお姉ちゃんが交代しようって言うから、マリアはねんねしたのよ? おっきしたらお医者様がいたの。その間は知らないの」
全員が息をのんだ。
王宮医がたたみ掛けるように声を出す。
「交代したって言ったのかい? 誰と交代したのかな?」
「いつも奥のふかふかお椅子で寝てるお姉ちゃんだよ?」
「なるほど、交代しようと思えばいつでもできるのかな?」
「できないよ? お姉ちゃんが代ろうって言わないとだめなの」
「マリアちゃんからは交代してって言えないってことだね? マリアちゃんは、そのお姉ちゃんとお話はできるの?」
「ううん、できないの。見えるだけよ? お姉ちゃんは時々お話ししてくるけれど、マリアがお姉ちゃんに何か言っても、寝てるから聞こえてないみたい」
王宮医は何度も大きく頷きながら、全員の顔を見回した。
「どうやら主体は十七歳のマリア嬢ということですね。彼女は何らかの理由で眠り続けているようだ。そして三歳児のマリアちゃんを代理として覚醒させているのではないでしょうか」
国王の私室に不思議な緊張感が漂った。
すでに側近の二人は揃っており、アラバス達のすぐ後で王宮医が入って来る。
マリアは国王の横に座って、怒っても可愛らしいだけの顔をアラバスに向けていた。
「マリア、体は大丈夫か?」
「アシュがマリアをベッドに放り投げたんだもん! いじわるしたんだもん!」
国王がギロッとアラバスを睨みつける。
小さく溜息を吐き、トーマスの顔を横目で見るアラバス。
入室するなり殴りかかって来るだろうと思っていた幼馴染で親友で側近のトーマスは、唇を嚙みしめたまま拳を握っているだけだった。
「すまん、トーマス。約束を違えてしまった」
「媚薬を盛られたのだろう? 先ほど報告があったよ。わが国では流通していないもので、おそらく国外から持ち込まれたものだろうということだった」
「それでも……それでも俺は耐えるべきだった。窓から飛び降りてでも自分の欲望に負けてはいけなかったんだ……すまん」
「お待ちください」
声を出したのは王宮医だ。
「今朝早く呼ばれた私は、まだ眠っている王子妃殿下にお声を掛けました。すると殿下は私の顔を見て名前を呼んで下さったのです。その上で『久しぶりですね』と仰ったのですよ。あれは間違いなく転落事故に遭う前のマリア嬢でした」
「それは誠か!」
王妃が鋭い声をあげた。
「はい、間違いございません。しかし、診察をしている途中で、再び眠ってしまわれて、目覚められた時には……」
「幼子のマリアだったと申すのか?」
「はい、仰せの通りでございます」
「では昨夜アラバスが契りを交わしたのは?」
アラバスが静かな声で答える。
「俺から説明します。最初は三歳児のマリアでした。スミレの砂糖漬けをひとつ食べさせて、俺はワインを飲みました。メイドが持ってきたもので、ゲーム室に置いたままにしたワインで、持ってきたメイドはアレンに命じられたと言っていました」
アレンが鋭い舌打ちをした。
「父王にいただいた祝いのワインでしたし、残すのは勿体ないと思ったのだろうと、そこまで深く考えなかった俺の落ち度です。それからマリアを自室に連れて行き、ベッドに入らせたとき、俺は自分の変化に気づきました。このままでは拙いと思い、気を削ごうと腕を傷つけたりしましたが上手くいきませんでした。俺の呻き声を聞いたマリアが起きだしてきて……獣のような気持ちを抑えきれず……俺はマリアをベッドに放り投げたのです」
トーマスの体がビクッと揺れた。
隣でアレンがトーマスの腕を掴んだ。
「その時のマリアはまだ幼子のままでした。俺は最後の自制心を振り絞って、マリアを遠ざけようとマリアの体を押しました。その拍子にマリアがベッドから転がり落ちましたが、抱き起こしてしまうと、そのまま離せなくなると思い、俺は枕を嚙んで耐えるしかなかったのです」
誰一人声を出さずに聞いている。
「すると……マリアが俺の頭を撫でました。その時のマリアは、俺を『殿下』と呼んだのです。その後『アラバス様』とも。そして彼女は『婚姻式も済ませたようですし、何の遠慮がいりましょうか』と。そして存分に愛してくれと……彼女はそう言って俺を抱きしめて……」
トーマスが、震える声で聞いた。
「では、その時のマリアは十七歳のマリアだったのだな?」
アラバスが顔を上げる。
「俺はそう確信している。しかし……それにしてもお前との約束を違えたことには変わりは無いさ。本当にすまなかった。トーマス、気が済むまで殴ってくれ」
「マリアが許可をしたのだろう? 僕にはお前を殴る理由は無いよ。今のが真実だとすると、王妃陛下、マリアはなんと言って駆け込んだのでしょう?」
王妃陛下が小首を傾げて記憶を辿る。
「確か……泣きながら寝室にやってきて『アシュがマリアにいじわるしたの』って言ってたわね。昨日は初夜でしょう? 心は三歳でも体は十七歳じゃない。アラバスの理性がもつかしらって心配していたものだから、てっきり……ねえ、マリアちゃん。アシュにどんないじわるをされたの?」
国王の肩に頭をもたせかけていたマリアが、キョトンとした顔で言う。
「マリアをポンッって放り投げたのよ? ふわっとしてバンッてなって怖かったのよ? それにね、アシュったらマリアをドンッて突いたの。いじわるでしょ?」
「それだけ?」
「うん、それだけ。その後でお姉ちゃんが交代しようって言うから、マリアはねんねしたのよ? おっきしたらお医者様がいたの。その間は知らないの」
全員が息をのんだ。
王宮医がたたみ掛けるように声を出す。
「交代したって言ったのかい? 誰と交代したのかな?」
「いつも奥のふかふかお椅子で寝てるお姉ちゃんだよ?」
「なるほど、交代しようと思えばいつでもできるのかな?」
「できないよ? お姉ちゃんが代ろうって言わないとだめなの」
「マリアちゃんからは交代してって言えないってことだね? マリアちゃんは、そのお姉ちゃんとお話はできるの?」
「ううん、できないの。見えるだけよ? お姉ちゃんは時々お話ししてくるけれど、マリアがお姉ちゃんに何か言っても、寝てるから聞こえてないみたい」
王宮医は何度も大きく頷きながら、全員の顔を見回した。
「どうやら主体は十七歳のマリア嬢ということですね。彼女は何らかの理由で眠り続けているようだ。そして三歳児のマリアちゃんを代理として覚醒させているのではないでしょうか」
国王の私室に不思議な緊張感が漂った。