愛すべきマリア
「ええ、もちろんですわ。何か大変な事でもございましたの?」
「うん……実はね」
そういうと、わざとらしく護衛達の方をチラッと見た。
「人払いをいたしましょうか?」
「いや、それでは二人きりになってしまうだろう? 僕の理性が心配だから、このままで話そう。ただ、もう少し顔を寄せてくれるかい? 内緒話をするみたいにさ」
ラランジェ王女が小さく頷いて、カーチスの方に顔を寄せた。
「実はね、兄上のことなんだ。ほら、最近結婚しただろう? 兄上はもうすぐ立太子する身だからさぁ、もう本当に忙しいんだよね。なのにさぁ、第二妃か側妃に召し上げろってうるさい人がいてね。その対応を僕に押し付けるんだよ」
「まあ、パフォーマンス的な婚姻だとは存じておりましたが、まだそれほど経っていませんでしょう? それなのにもうそのような?」
「うん、そもそも結婚する前から本当にしつこくてね。兄上は国益を優先した結婚を望んでいたからねぇ。そもそも候補にも入ってなかったのだけれど、その親がなかなか発言力があってさぁ。どうやら僕にお鉢が回ってきそうなんだよ」
「第二王子殿下の正妃ですの?」
「うん、僕には好きな人がいてね。でもその女性はどうやら兄上に気があるみたいなんだ。まあ、はっきり言って失恋確定って感じ。でも、なんというか……諦めがつかないっていうか」
「それはお辛いですわね」
「うん、そうだね。その女性の親が、娘を娶ってくれるなら王太子の座を簒奪する手助けをするなんて言いだしてさぁ。僕にはそんな野望は無いし、そもそも国内貴族がいくら言い張っても無理じゃない? 他国の王族ならまだしもさぁ」
ラランジェ王女の喉がゴクッと鳴った。
「そ……そうですわね。いくら高位貴族といっても、所詮はただの貴族ですもの。持っている権力が違いすぎますわ」
「そうでしょ? やっぱりラランジェ王女に相談して良かったよ。少し心が軽くなった。それに僕はずっとあなたと話がしてみたかったから……勇気を出して正解だった。もしかしたら、まだ好きなままでいても良いのかなって思えたし」
王女の頬が爆発しそうなほど真っ赤に染まる。
「す……す……好き……と……仰って?」
「あっ、ごめん。言い過ぎたね。気にしないで。もうそろそろ授業が始まるね。僕はもう帰らなくちゃいけないんだけれど、ラランジェ王女は勉強頑張って。来週から試験だもんね」
一気に捲し立てたカーチスが立ち上がった。
「じゃあ、また明日ね。今日は本当にありがとう」
個室のドアを閉めるなりガクッと体制を崩したカーチスを、すかさず護衛騎士が支えた。
「お見事でございました」
「ちゃんと罠にかかってくれたかな?」
それには答えず、護衛騎士はカーチスの体を支えるようにして馬車乗り場へと向かった。
部屋に残ったラランジェ王女に駆け寄ったのは侍女だ。
「大丈夫でございますか? お顔の色が……柘榴のようになっております」
「ええ、頭全部が心臓になったようにクラクラするわ……ねえ、カーチス殿下は私をお好きだと仰ったのよね?」
「あ……えっと……はっきりそうだとは仰らなかったと記憶しておりますが」
「そりゃあなた、はっきり言う根性があれば、もうとっくに告白なさってるでしょう? でも間違いなくそう匂わせておられたわ。今まで遠くからずっと見つめていらしたのね。お可愛らしいこと。私……どうすればいいのかしら。お父様には王太子妃になれと言われているのに、第二王子に心を寄せられてしまうなんて。私ってなんて罪深いのかしら」
助けを求めるように護衛騎士に目を向けた侍女だったが、スッと視線を逸らされた。
「王女殿下、いったん教室に戻りましょう。予鈴が鳴りました」
「何言ってるの? 授業なんて受けている場合じゃないわ。カーチス殿下は愛する私に助けを求められたのよ? ねえ、そうでしょう?」
返事も聞かずに立ち上がったラランジェ王女は、侍女に荷物を取りに行かせ、さっさと馬車へと向かった。
彼女の頭の中では、美しい花畑の中で、キラキラと笑いながら走るカーチスと自分という映像が流れ続けている
「国内の高位貴族で、父親がそれなりの力を持っているうえに野心家なのよね? そして私たちと近い年齢の令嬢がいるのだわ」
「いくつか思い当たる貴族家がございますが、そこの令嬢たちは皆すでに婚約者がいたはずですわ」
「あら、恋をすればそんなこと関係ないでしょう?」
「はあ……」
「心当たりは全て調べる必要があるわね。お父様にお願いしようかしら」
「シラーズ国王陛下でございますか?」
「ええ、お父様なら私の言うことを叶えて下さるもの。国内貴族たちを黙らせるためとはいえ、アラバス様にとっては再婚となるでしょう? どうせだったら初婚同士が良いと思わなくて?」
「まあ……そうですわね」
「でもアラバス様のあのクールさは素敵よね……カーチス様のシャイな感じも捨てがたいし。どうしましょう……」
返事に困った侍女は黙り込んでしまった。
「三か月後のパーティーまでには決めるわ。よぉく観察しなきゃね。私の夫となる方だもの」
しゃべり続けるラランジェ王女を乗せた馬車が、滞在している離宮へと入っていく。
湖畔の木陰で見張っていた騎士が、一行が離宮に入るのを見届けてスッと姿を消した。
「うん……実はね」
そういうと、わざとらしく護衛達の方をチラッと見た。
「人払いをいたしましょうか?」
「いや、それでは二人きりになってしまうだろう? 僕の理性が心配だから、このままで話そう。ただ、もう少し顔を寄せてくれるかい? 内緒話をするみたいにさ」
ラランジェ王女が小さく頷いて、カーチスの方に顔を寄せた。
「実はね、兄上のことなんだ。ほら、最近結婚しただろう? 兄上はもうすぐ立太子する身だからさぁ、もう本当に忙しいんだよね。なのにさぁ、第二妃か側妃に召し上げろってうるさい人がいてね。その対応を僕に押し付けるんだよ」
「まあ、パフォーマンス的な婚姻だとは存じておりましたが、まだそれほど経っていませんでしょう? それなのにもうそのような?」
「うん、そもそも結婚する前から本当にしつこくてね。兄上は国益を優先した結婚を望んでいたからねぇ。そもそも候補にも入ってなかったのだけれど、その親がなかなか発言力があってさぁ。どうやら僕にお鉢が回ってきそうなんだよ」
「第二王子殿下の正妃ですの?」
「うん、僕には好きな人がいてね。でもその女性はどうやら兄上に気があるみたいなんだ。まあ、はっきり言って失恋確定って感じ。でも、なんというか……諦めがつかないっていうか」
「それはお辛いですわね」
「うん、そうだね。その女性の親が、娘を娶ってくれるなら王太子の座を簒奪する手助けをするなんて言いだしてさぁ。僕にはそんな野望は無いし、そもそも国内貴族がいくら言い張っても無理じゃない? 他国の王族ならまだしもさぁ」
ラランジェ王女の喉がゴクッと鳴った。
「そ……そうですわね。いくら高位貴族といっても、所詮はただの貴族ですもの。持っている権力が違いすぎますわ」
「そうでしょ? やっぱりラランジェ王女に相談して良かったよ。少し心が軽くなった。それに僕はずっとあなたと話がしてみたかったから……勇気を出して正解だった。もしかしたら、まだ好きなままでいても良いのかなって思えたし」
王女の頬が爆発しそうなほど真っ赤に染まる。
「す……す……好き……と……仰って?」
「あっ、ごめん。言い過ぎたね。気にしないで。もうそろそろ授業が始まるね。僕はもう帰らなくちゃいけないんだけれど、ラランジェ王女は勉強頑張って。来週から試験だもんね」
一気に捲し立てたカーチスが立ち上がった。
「じゃあ、また明日ね。今日は本当にありがとう」
個室のドアを閉めるなりガクッと体制を崩したカーチスを、すかさず護衛騎士が支えた。
「お見事でございました」
「ちゃんと罠にかかってくれたかな?」
それには答えず、護衛騎士はカーチスの体を支えるようにして馬車乗り場へと向かった。
部屋に残ったラランジェ王女に駆け寄ったのは侍女だ。
「大丈夫でございますか? お顔の色が……柘榴のようになっております」
「ええ、頭全部が心臓になったようにクラクラするわ……ねえ、カーチス殿下は私をお好きだと仰ったのよね?」
「あ……えっと……はっきりそうだとは仰らなかったと記憶しておりますが」
「そりゃあなた、はっきり言う根性があれば、もうとっくに告白なさってるでしょう? でも間違いなくそう匂わせておられたわ。今まで遠くからずっと見つめていらしたのね。お可愛らしいこと。私……どうすればいいのかしら。お父様には王太子妃になれと言われているのに、第二王子に心を寄せられてしまうなんて。私ってなんて罪深いのかしら」
助けを求めるように護衛騎士に目を向けた侍女だったが、スッと視線を逸らされた。
「王女殿下、いったん教室に戻りましょう。予鈴が鳴りました」
「何言ってるの? 授業なんて受けている場合じゃないわ。カーチス殿下は愛する私に助けを求められたのよ? ねえ、そうでしょう?」
返事も聞かずに立ち上がったラランジェ王女は、侍女に荷物を取りに行かせ、さっさと馬車へと向かった。
彼女の頭の中では、美しい花畑の中で、キラキラと笑いながら走るカーチスと自分という映像が流れ続けている
「国内の高位貴族で、父親がそれなりの力を持っているうえに野心家なのよね? そして私たちと近い年齢の令嬢がいるのだわ」
「いくつか思い当たる貴族家がございますが、そこの令嬢たちは皆すでに婚約者がいたはずですわ」
「あら、恋をすればそんなこと関係ないでしょう?」
「はあ……」
「心当たりは全て調べる必要があるわね。お父様にお願いしようかしら」
「シラーズ国王陛下でございますか?」
「ええ、お父様なら私の言うことを叶えて下さるもの。国内貴族たちを黙らせるためとはいえ、アラバス様にとっては再婚となるでしょう? どうせだったら初婚同士が良いと思わなくて?」
「まあ……そうですわね」
「でもアラバス様のあのクールさは素敵よね……カーチス様のシャイな感じも捨てがたいし。どうしましょう……」
返事に困った侍女は黙り込んでしまった。
「三か月後のパーティーまでには決めるわ。よぉく観察しなきゃね。私の夫となる方だもの」
しゃべり続けるラランジェ王女を乗せた馬車が、滞在している離宮へと入っていく。
湖畔の木陰で見張っていた騎士が、一行が離宮に入るのを見届けてスッと姿を消した。