愛すべきマリア
「マリアを害して、その罪をラランジェに擦り付ける計画だったでしょ? そして最後にはラランジェも消す」
「ええっ! そんなこと知りませんよ!」
「あんたの息子がそう吐いたぜ?」
「息子が? 息子とは一度も連絡をとっていません。私があの子に託したのはラランジェ王女の護衛だけです」
「あれぇ? どうなってんの?」
「この人が噓ついてるんじゃない?」
宰相が慌てて言う。
「すべて本当のことです! 信じてください!」
二人が顔を見合わせていると、ドアがノックされて王太子が顔をのぞかせた。
「終わったよ。あっけないもんさ。彼らは無抵抗であっさり玉座を渡したよ。側妃に与えた離宮にそのまま幽閉する予定だ」
「ご苦労様でした」
カーチスが立ち上がり、王太子と握手を交わした。
アレンも王太子に手を差し出しながら、何気ない口調で言う。
「宰相はどうやら獅子身中の虫のようですよ。よろしければわが国で処分しておきましょう」
王太子は一瞬驚いた顔をしたが、顔色の悪い宰相を見て納得した。
「お任せします。子供には罪はない。子爵くらいにして家は長男に存続させましょう」
「心得ました。我々はすぐに出立します。カーチス王子がこの男を連れてワンダリアに戻り、私はこのままバッディに向かう予定です」
「本当に電光石火ですねぇ。では急いでバッディの王太子殿下への親書をしたためます。国境まではわが軍に護衛させてください」
「お申し出はありがたいが、身軽な方が危険も少ない。親書は二時間あれば可能ですか?」
二時間という期限を切られた王太子は、慌てて踵を返す。
宰相は拘束されたままワンダリアの騎士達に連行されていった。
「さあ、後は頼んだぞ。絶対に無事に戻れ。同級生のカチスがいなくなったらマリアちゃんが悲しむからさ」
「うん、途中休憩なしで駆け抜けるよ。でもアレンも同じだよ? 仲良しのアエンがいなくなったら、マリアが泣いてしまう」
「それだけは避けたい。何があろうとマリアに悲しい思いはさせたくない」
「うん、同感だ。お互い頑張ろう」
二人は笑顔で握手を交わした。
そして二時間後、予定通り出立したカーチス達を見送ったアレンが、シラーズの新国王に向かって最敬礼をする。
「新国王の誕生、心からお慶び申し上げます。バッディとの交渉が成功した暁には、ぜひ三国会議を実現させましょう」
「ええ、心から楽しみにしていますよ。今日から生まれかわるシラーズを、どうか見守っていてください」
そしてアレンは騎乗の人となった。
従えているのはたった三人の騎士達だったが、その顔に不安はない。
「急ぐぞ。明日中には国境を超える」
「はっ!」
アレンたちが遠ざかっていく。
「ねえ、お兄様。あの方ってとても素敵ですわね」
「アレン・ラングレー卿かい? でもお前はバッディの王子に嫁ぐのだろう?」
「ええ、もちろんですわ。ずっとお慕いしていましたもの。望みが叶って嬉しいですわ。そういう意味ではなく、あの方が我が国の宰相になってくれたらと思っただけですの」
「ああ、それは同意するよ。しかしそれこそ叶わぬ夢だ。彼はこれからのワンダリアを背負っていく逸材だからね。あの国が手放すわけがない」
「ほほほ、それもそうですわね。お兄様、今日から死ぬ気で頑張って下さいませね? お義姉様と一緒に応援しておりますわ」
応援しなくていいから執務を手伝ってほしいと思った新国王だったが、下手に藪をつつくと何が出るかは経験済みのようで、笑顔を浮かべるだけにとどめた。
少し時間は遡り、侍女長が回収してきたダイアナ王女が捨てたゴミを前に、アラバスとトーマスが深い溜息を吐いていた。
「なあ、気づいたか? メイドは確かに北の焼却炉と言ったよな? しかし侍女長は西の焼却炉で間違いないと言う」
「ああ、どうやら王族と客人のゴミと、一般のゴミは焼却炉が違うというのが決まりらしい。僕も確認したが、王族は西で一般は北だった」
「ではなぜあのメイドは『北の焼却炉』と言ったのだろうか」
「本人に確認するのが一番だな。侍女長にも同席してもらおう」
トーマスが立ち上がり、事務官に客間のゴミを回収したメイドと侍女長を呼ぶよう指示を出した。
「どうやらこの城にも害虫が潜んでいるようだな」
「ああ、メイドがすんなりと言うことを聞くほどの者か、はたまたメイド自身か」
メイドが二人と侍女長が入室してきた。
「ああ、ご苦労だね。少し聞きたいことがあるんだ。この二週間ほどの間に、客間のゴミを回収したのは君たちだけかい?」
二人のメイドが顔を見合わせた後、ひとりがおずおずと口を開いた。
「はい。今月は私たちが交代で担当しています」
どうやら答えた方が先輩なのだろう。
「以前聞いた時に、客間のゴミは北の焼却炉に持っていくって言ったよね?」
「はい。今までは西だったのですが、西の焼却炉が壊れたそうで、北に持っていくよう指示がありましたので」
侍女長は怪訝な顔をするだけで口は挟まなかった。
「それは誰に言われたの?」
二人はまた顔を見合わせた。
「侍従の方です。新しく入られた方だと思うのですが、お名前は……あなた知ってる?」
ずっと黙っていたメイドが首を横に振った。
「知らない侍従からの指示を、素直に聞いちゃったってこと?」
「え……でも、侍従の制服を着ておられましたし」
「そうか。なるほどね。顔は覚えてる?」
「はい、なんと言うか印象的なお顔だったので覚えています」
「見ればわかるかな?」
「はい……たぶん」
トーマスが侍女長に言う。
「執事を全員集めるように指示を出してください。休暇中の者も呼び出して下さいね」
「畏まりました。夕食前までには全員を集合させます。場所はホールでよろしいですか?」
「うん、それでお願いします。君たちには悪いけれど、面通しをしてもらうから」
二人の顔色がどんどん悪くなっていく。
「緊張しないで。別に罰するとかそういうのじゃないから」
トーマスの言葉に、ホッと安堵の息を漏らして、三人が退出していった。
アラバスが声を出す。
「めんどくさい」
「まあそう言うな。それよりこっちを片づけよう。十年ぶりのスパイごっこだ」
そう言うと、トーマスはテーブルランプに火を灯した。
「ええっ! そんなこと知りませんよ!」
「あんたの息子がそう吐いたぜ?」
「息子が? 息子とは一度も連絡をとっていません。私があの子に託したのはラランジェ王女の護衛だけです」
「あれぇ? どうなってんの?」
「この人が噓ついてるんじゃない?」
宰相が慌てて言う。
「すべて本当のことです! 信じてください!」
二人が顔を見合わせていると、ドアがノックされて王太子が顔をのぞかせた。
「終わったよ。あっけないもんさ。彼らは無抵抗であっさり玉座を渡したよ。側妃に与えた離宮にそのまま幽閉する予定だ」
「ご苦労様でした」
カーチスが立ち上がり、王太子と握手を交わした。
アレンも王太子に手を差し出しながら、何気ない口調で言う。
「宰相はどうやら獅子身中の虫のようですよ。よろしければわが国で処分しておきましょう」
王太子は一瞬驚いた顔をしたが、顔色の悪い宰相を見て納得した。
「お任せします。子供には罪はない。子爵くらいにして家は長男に存続させましょう」
「心得ました。我々はすぐに出立します。カーチス王子がこの男を連れてワンダリアに戻り、私はこのままバッディに向かう予定です」
「本当に電光石火ですねぇ。では急いでバッディの王太子殿下への親書をしたためます。国境まではわが軍に護衛させてください」
「お申し出はありがたいが、身軽な方が危険も少ない。親書は二時間あれば可能ですか?」
二時間という期限を切られた王太子は、慌てて踵を返す。
宰相は拘束されたままワンダリアの騎士達に連行されていった。
「さあ、後は頼んだぞ。絶対に無事に戻れ。同級生のカチスがいなくなったらマリアちゃんが悲しむからさ」
「うん、途中休憩なしで駆け抜けるよ。でもアレンも同じだよ? 仲良しのアエンがいなくなったら、マリアが泣いてしまう」
「それだけは避けたい。何があろうとマリアに悲しい思いはさせたくない」
「うん、同感だ。お互い頑張ろう」
二人は笑顔で握手を交わした。
そして二時間後、予定通り出立したカーチス達を見送ったアレンが、シラーズの新国王に向かって最敬礼をする。
「新国王の誕生、心からお慶び申し上げます。バッディとの交渉が成功した暁には、ぜひ三国会議を実現させましょう」
「ええ、心から楽しみにしていますよ。今日から生まれかわるシラーズを、どうか見守っていてください」
そしてアレンは騎乗の人となった。
従えているのはたった三人の騎士達だったが、その顔に不安はない。
「急ぐぞ。明日中には国境を超える」
「はっ!」
アレンたちが遠ざかっていく。
「ねえ、お兄様。あの方ってとても素敵ですわね」
「アレン・ラングレー卿かい? でもお前はバッディの王子に嫁ぐのだろう?」
「ええ、もちろんですわ。ずっとお慕いしていましたもの。望みが叶って嬉しいですわ。そういう意味ではなく、あの方が我が国の宰相になってくれたらと思っただけですの」
「ああ、それは同意するよ。しかしそれこそ叶わぬ夢だ。彼はこれからのワンダリアを背負っていく逸材だからね。あの国が手放すわけがない」
「ほほほ、それもそうですわね。お兄様、今日から死ぬ気で頑張って下さいませね? お義姉様と一緒に応援しておりますわ」
応援しなくていいから執務を手伝ってほしいと思った新国王だったが、下手に藪をつつくと何が出るかは経験済みのようで、笑顔を浮かべるだけにとどめた。
少し時間は遡り、侍女長が回収してきたダイアナ王女が捨てたゴミを前に、アラバスとトーマスが深い溜息を吐いていた。
「なあ、気づいたか? メイドは確かに北の焼却炉と言ったよな? しかし侍女長は西の焼却炉で間違いないと言う」
「ああ、どうやら王族と客人のゴミと、一般のゴミは焼却炉が違うというのが決まりらしい。僕も確認したが、王族は西で一般は北だった」
「ではなぜあのメイドは『北の焼却炉』と言ったのだろうか」
「本人に確認するのが一番だな。侍女長にも同席してもらおう」
トーマスが立ち上がり、事務官に客間のゴミを回収したメイドと侍女長を呼ぶよう指示を出した。
「どうやらこの城にも害虫が潜んでいるようだな」
「ああ、メイドがすんなりと言うことを聞くほどの者か、はたまたメイド自身か」
メイドが二人と侍女長が入室してきた。
「ああ、ご苦労だね。少し聞きたいことがあるんだ。この二週間ほどの間に、客間のゴミを回収したのは君たちだけかい?」
二人のメイドが顔を見合わせた後、ひとりがおずおずと口を開いた。
「はい。今月は私たちが交代で担当しています」
どうやら答えた方が先輩なのだろう。
「以前聞いた時に、客間のゴミは北の焼却炉に持っていくって言ったよね?」
「はい。今までは西だったのですが、西の焼却炉が壊れたそうで、北に持っていくよう指示がありましたので」
侍女長は怪訝な顔をするだけで口は挟まなかった。
「それは誰に言われたの?」
二人はまた顔を見合わせた。
「侍従の方です。新しく入られた方だと思うのですが、お名前は……あなた知ってる?」
ずっと黙っていたメイドが首を横に振った。
「知らない侍従からの指示を、素直に聞いちゃったってこと?」
「え……でも、侍従の制服を着ておられましたし」
「そうか。なるほどね。顔は覚えてる?」
「はい、なんと言うか印象的なお顔だったので覚えています」
「見ればわかるかな?」
「はい……たぶん」
トーマスが侍女長に言う。
「執事を全員集めるように指示を出してください。休暇中の者も呼び出して下さいね」
「畏まりました。夕食前までには全員を集合させます。場所はホールでよろしいですか?」
「うん、それでお願いします。君たちには悪いけれど、面通しをしてもらうから」
二人の顔色がどんどん悪くなっていく。
「緊張しないで。別に罰するとかそういうのじゃないから」
トーマスの言葉に、ホッと安堵の息を漏らして、三人が退出していった。
アラバスが声を出す。
「めんどくさい」
「まあそう言うな。それよりこっちを片づけよう。十年ぶりのスパイごっこだ」
そう言うと、トーマスはテーブルランプに火を灯した。