愛すべきマリア
「やはりな。トーマス、お前の失恋確定だ」
トーマスがムッとした顔で言い返した。
「失恋って言うのか? どちらかというと僕は静観していた側なんだが」
「まあ、お前の思慮深さには感服するが、初めて彼女を俺に紹介したときは、まんざらでもなさそうな顔だったぜ?」
トーマスが嫌な顔をして俯いた。
「まあ結果オーライってことだ。マリアに紹介する前で良かったよ」
「ああ、それはその通りだ」
二人が座るソファーセットのテーブルの上には、ランプの火で炙り出された文字が並んでいた。
「炙り出しとは古典的な手ではあるが、なかなか有効だ」
「これほど上質の紙を使うのは、王族か高位貴族だけだからな。一般ごみに紛れても探しやすいというものだ」
その紙には『早急に移動が必要』『猶予は一週間』『疑われているかも』と書かれた紙が何枚もある。
「やはり透明に近い果汁で書くのは難しいのだろうな。書き損じてゴミが増えるのも納得だ」
「左肩に丸印があるものが有効というのは理解できたが、肝心の脱出手段は無かったな」
トーマスがそう言うと、アラバスが肩を竦める。
「そりゃそうだろ。これを俺たちが持っているということは、相手には渡っていないってことだろ?」
「ああそうか」
「潜入している仲間からの通信が途絶えたと考えたら、お前ならどう動く?」
「そうだなぁ……少し様子を見るが、それでも連絡が無ければ調べるよ」
「俺もそう思う。しかし、無理してでも助けたい相手ならいざ知らず、捨て駒のような女だ。わざわざ危険を犯すだろうか」
「捨て駒と思っているなら、黙って消えるかもしれん。直近で退職するか、若しくは黙って姿を消した者が容疑者だ。しかし、本当にダイアナは捨て駒だろうか」
「どういう意味だ?」
「曲りなりにも一国の王女だぜ? 使い道は多いはずだ。なんとしてでも連れ帰るとは考えられないか?」
「なるほどなぁ……そうなると、何か言い訳を作って接触してくる奴が出てくるってわけだ」
「いずれにしても網を張って待つしかないな」
二人はフッと息を吐いた。
「話は変わるが、そろそろカーチスが戻る頃じゃないか?」
「そうだな、最短で最良の結果を出すのがアレンという男だ。そのアレンに尻を叩かれたのでは休む暇も無かろうからな」
虫が知らせたのかもしれない。
執務室のドアを大きく開いて、旅塵に塗れたままのカーチスが入ってきた。
「ただいま戻りました。シラーズに新王が誕生しました」
二人は立ち上がってカーチスを迎え入れた。
「ご苦労だったな。予定通り進んだか」
「ええ、あっさり王位交代できました。それより面白い土産を持ちかえりましたよ」
カーチスがドアのところで控えている騎士に合図を送ると、息も絶え絶えの中年男が運び込まれた。
「何者だ?」
「シラーズのカード宰相閣下です」
「カード? あのカードの親族か?」
「ええ、父親ですよ、西の国のスパイだと認めました。地下牢にいるのは次男だそうですが、話に食い違いがあるので、直接対面させて見ようと思いまして、連れ帰りました」
アラバスが埃だらけのカーチスを抱きしめた。
「でかしたぞ! お前ももう一人前だな」
「えへへ、兄上にそう言われるとすごくうれしいよ」
トーマスもカーチスに近づいて肩を叩いている。
「ここに呼ぶより我々が行こう。おい、すまんがこの男を連れてきてくれ」
カード宰相を縛っている綱の先を持つ騎士に、アラバスが声をかけた。
「奴はどこに?」
ニヤッと笑ったトーマスがカード宰相の顔を見ながら言う。
「地下牢だ。拷問部屋に入れてある」
カード宰相の肩がビクッと揺れた。
三人は騎士に連行されるカード宰相と共に地下牢へと向かった。
石階段に靴音がやけに響く。
誰が漏らしているのか、苦しそうなうめき声が下から這い上がってきた。
「息子は……息子は生きているのですか?」
トーマスが答える。
「生きてはいるよ」
それきり誰も話さない。
到着したのは、一番奥まった場所にあるドアの前だった。
トーマスがムッとした顔で言い返した。
「失恋って言うのか? どちらかというと僕は静観していた側なんだが」
「まあ、お前の思慮深さには感服するが、初めて彼女を俺に紹介したときは、まんざらでもなさそうな顔だったぜ?」
トーマスが嫌な顔をして俯いた。
「まあ結果オーライってことだ。マリアに紹介する前で良かったよ」
「ああ、それはその通りだ」
二人が座るソファーセットのテーブルの上には、ランプの火で炙り出された文字が並んでいた。
「炙り出しとは古典的な手ではあるが、なかなか有効だ」
「これほど上質の紙を使うのは、王族か高位貴族だけだからな。一般ごみに紛れても探しやすいというものだ」
その紙には『早急に移動が必要』『猶予は一週間』『疑われているかも』と書かれた紙が何枚もある。
「やはり透明に近い果汁で書くのは難しいのだろうな。書き損じてゴミが増えるのも納得だ」
「左肩に丸印があるものが有効というのは理解できたが、肝心の脱出手段は無かったな」
トーマスがそう言うと、アラバスが肩を竦める。
「そりゃそうだろ。これを俺たちが持っているということは、相手には渡っていないってことだろ?」
「ああそうか」
「潜入している仲間からの通信が途絶えたと考えたら、お前ならどう動く?」
「そうだなぁ……少し様子を見るが、それでも連絡が無ければ調べるよ」
「俺もそう思う。しかし、無理してでも助けたい相手ならいざ知らず、捨て駒のような女だ。わざわざ危険を犯すだろうか」
「捨て駒と思っているなら、黙って消えるかもしれん。直近で退職するか、若しくは黙って姿を消した者が容疑者だ。しかし、本当にダイアナは捨て駒だろうか」
「どういう意味だ?」
「曲りなりにも一国の王女だぜ? 使い道は多いはずだ。なんとしてでも連れ帰るとは考えられないか?」
「なるほどなぁ……そうなると、何か言い訳を作って接触してくる奴が出てくるってわけだ」
「いずれにしても網を張って待つしかないな」
二人はフッと息を吐いた。
「話は変わるが、そろそろカーチスが戻る頃じゃないか?」
「そうだな、最短で最良の結果を出すのがアレンという男だ。そのアレンに尻を叩かれたのでは休む暇も無かろうからな」
虫が知らせたのかもしれない。
執務室のドアを大きく開いて、旅塵に塗れたままのカーチスが入ってきた。
「ただいま戻りました。シラーズに新王が誕生しました」
二人は立ち上がってカーチスを迎え入れた。
「ご苦労だったな。予定通り進んだか」
「ええ、あっさり王位交代できました。それより面白い土産を持ちかえりましたよ」
カーチスがドアのところで控えている騎士に合図を送ると、息も絶え絶えの中年男が運び込まれた。
「何者だ?」
「シラーズのカード宰相閣下です」
「カード? あのカードの親族か?」
「ええ、父親ですよ、西の国のスパイだと認めました。地下牢にいるのは次男だそうですが、話に食い違いがあるので、直接対面させて見ようと思いまして、連れ帰りました」
アラバスが埃だらけのカーチスを抱きしめた。
「でかしたぞ! お前ももう一人前だな」
「えへへ、兄上にそう言われるとすごくうれしいよ」
トーマスもカーチスに近づいて肩を叩いている。
「ここに呼ぶより我々が行こう。おい、すまんがこの男を連れてきてくれ」
カード宰相を縛っている綱の先を持つ騎士に、アラバスが声をかけた。
「奴はどこに?」
ニヤッと笑ったトーマスがカード宰相の顔を見ながら言う。
「地下牢だ。拷問部屋に入れてある」
カード宰相の肩がビクッと揺れた。
三人は騎士に連行されるカード宰相と共に地下牢へと向かった。
石階段に靴音がやけに響く。
誰が漏らしているのか、苦しそうなうめき声が下から這い上がってきた。
「息子は……息子は生きているのですか?」
トーマスが答える。
「生きてはいるよ」
それきり誰も話さない。
到着したのは、一番奥まった場所にあるドアの前だった。