愛すべきマリア
 三人がテーブルを囲み、カード親子は縛られたまま床に座っている。
 シラーズの宰相執務室で聞いた話をアラバスとトーマスに伝えるカーチス。

「なんと下らん理由だ! それで失った命があるのだぞ? 命をバカにするにもほどがある」

 アラバスの怒りももっともだ。

「ラランジェにはこの話は通ってないのだね?」

 トーマスの問いにカードが頷いて見せてから言った。

「王太子は近隣各国の王女を集めてハーレムを作るつもりなのですよ。バカバカしい限りですがね。しかしあの親子は本気でやる気ですよ」

「近隣の王女を娶るならまだしも、ハーレムとなると頷くものはおるまい? それこそ攫ってくるとでもいうのか?」

「全員に『正妃にする』と書簡を送っています。しかも本人に直接ね。届けるのは私のような草の仕事です。何人かはすでに入国しているのではないでしょうか」

「しかしラランジェには届かなかったのだろう?」

「それは私が届けなかったからです。わざと国王……いや、すでに前国王ですね。わざとシラーズ前国王に直接届けました。ラランジェ王女はね、よく言えば純真無垢で人を疑うことを知らない。悪く言えば空気が読めず、何でも思い通りになると信じて疑わない子供です」

「妙に納得できるな」

 アラバスとトーマス、そしてカーチスが深く頷いている。

「しかもそのハーレムというのは、国王と王太子の共用なのです。鬼畜の所業ですよ」

 カーチスが目を見開いて驚いている。

「そんなことを承知でダイアナは行こうとしているのだろうか」

 カードがフンッと鼻を鳴らした。

「王女と持ち上げられても、所詮は政治の駒ですよ。女性に王位継承権を与えていない国がほとんどですからね。どこに行かされるのか分からないなら、乞われて行った方が幸せだと考えるのも仕方が無いのかもしれません。厳しい教育を受けてきた王女ほど、自分をより評価してくれる国を望みますから。まあ行ってみてから知ることの方が多いでしょうが、自業自得というものだ」

「自業自得か……うちには王女がいなくて良かったよ。もしも姉なり妹なりがそんな目に遭うなんて考えると寒気がする」

「本当にな……」

「潰す? なんなら一気にやっちゃう?」

 トーマスが騎馬戦の作戦会議のような気軽さで恐ろしい発言をした。

「そうだな……まあ三国会議の議題にするのはアリだな」

 ずっと黙っていたドナルドが声を出した。

「我らは処刑ですか? 覚悟はしていますが、ラランジェ王女だけは逃がしてやってもらえ無いでしょうか。あの子は何も知らないのです」

 カーチスがドナルドの顔を見た。

「何言ってんの? 自分が殺すつもりだったくせに」

「いえ……殺したと見せかけて逃がそうと思っていました。だから林に潜もうとしたのです。まあ捕まっちゃいましたけどね。ラランジェ王女一人では生きていけません。だから本気でカーチス殿下と一緒になってくれたら良いのになって思ってましたよ」

「いや、すまんがそれは無い。絶対に無い。どう考えても無い。なんと言うか、彼女がダメというわけではなく、なんというかな……タイプじゃないってことだ」

 ドナルドがムキになったように言い返した。

「ラランジェ殿下は可愛い人なんだ。少し我儘だし、少し頭が残念かもしれませんが、その本質は素直な良い子なのです」

 アラバスが声を出した。

「ではお前が守ってやれよ。最初はそのつもりだったのだろう? 貴族籍まで捨ててついてきたんだ。最後まで守れ」

 トーマスが続ける。

「もしラランジェを守り抜くというなら、お前たち親子にはわが国の市民権を与えるよう計らおう。まあ、その前に存分な働きはしてもらうけどな。どうだろうかアラバス」

「良いんじゃないか? まあ働き次第だが」

 カード親子が驚愕の表情を浮かべた。

 カーチスが異を唱える。

「無理じゃない? あのラランジェに平民の暮らしができるわけがない」

 アラバスが言う。

「ああいう手の女は洗脳に弱いんだ。何か使命を与えれば、それに邁進できるタイプだよ。なんとかと鋏は使いようだと言うだろう?」

「まあ兄上たちがそういうなら、僕は何も言わないよ。でも絶対に僕を巻き込まないでね」

 アラバスとトーマスはカーチスの悲痛な叫びを華麗にスルーした。

 二人は湯あみと着替えを与えられ、厳重な監視の元で客間に軟禁されることになった。
 アラバス達は、ドナルドに接触したという男の炙り出しに取り掛かろうと、執務室へと急いだ。
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