愛すべきマリア
13
「なんだか疲れたよ。予想の斜め上の展開だ」
トーマスの言葉にアラバスが深く頷いた。
「地理的に西の国とはかかわることが無かったし、ちょっと胡散臭い感じではあったが、良識的な対応をする国だという印象だった。少し状況を整理する必要がありそうだな。国王のところへ行こう。カーチス、すまんが王妃陛下をお連れしてくれ」
「うん、でもその前に着替えさせてよ。余りにも酷い恰好で母上の前に出ると大変な目に遭いそうだ」
「では10分やる。国王陛下の執務室で会おう」
カーチスは何かを言いかけたが、諦めたように駆け出した。
「ところでトーマス、バッディの皇太子にはどう伝える? あちらはお前のところへ身を寄せていると思っているはずだ」
「そうだよね……今の段階で姿を消されたら、我が国の有責で王女を攫われたことになってしまう。アレンがそろそろ到着するはずだから、彼から王太子に伝えてもらおうか」
「アレンにはどうやって繋ぐ? 内容が深刻だ。露見するのは絶対に避けたい」
「そこは大丈夫だよ。奴が一番上手かっただろ? スパイごっこの秘密メモ」
「ははは! なるほどな。ずっと忘れていたが、こんなことで使うとは思わなかった」
二人は懐かしそうに昔を思い出してニヤついた。
「失礼します」
入ってきたのは侍従長だ。
「どうした?」
「ダイアナ王女殿下宛の手紙が届きましたので、お持ちいたしました」
「来たか!」
受け取ったアラバスが丁寧に封蠟を外す。
「うわっ! 参ったな……これは暗号か何かか?」
アラバスの声に手紙を覗き込んだトーマスが溜息を吐いた。
「おそらくヒワリ語の古典文字だ。誰か読める奴いたかな」
アラバスが悪い顔をしてトーマスを見た。
「いるじゃないか、マリアの『かてきょのおっさん』って奴が。異国から親書が届いたが、ヒワリ語だったから解読せよという理由で呼び出せばいい」
「来るかな……」
「賭けだな」
騎士がやってきて、国王の執務室へ来るようにとの伝言を伝えた。
「あっ! 忘れてた」
「カーチスの奴、本当に十分で準備したんだな……」
二人はその手紙を手に駆け出した。
「遅くなりました」
執務室には国王夫妻の他、第二王子のカーチスとラングレー宰相が揃っていた。
「すみません、ダイアナ宛の手紙が届いたものですから」
そう言うとアラバスは現状を説明し始めた。
「なるほど、あぶり出しか。また幼稚な手段を使うものだ。それにしてもよく見破ったな」
「ええ、幼少期に経験がございましたので」
アラバスの声に王妃がニヤッと笑った。
「私もやったことがあるわ。でも上質で厚手の紙でないと読む前に燃えちゃうのよね」
「ええ、今回の件もその条件がヒントになりました」
そう言ったトーマスが、カーチスが連れ帰ったシラーズ王国元宰相親子の話を伝えた。
「そうか、西の国の国王親子が元凶というわけだ。わが国の『草』は見つけたのか?」
「いや、まだです。この話もつい数時間前に聞いたので」
「鈍いわねぇ。なんでも自分でやろうとするからいけないのよ。あなたには手が二本と足が二本しか無いの。しかも頭なんてひとつしかないでしょう? 人を使うことを覚えなさい」
王妃陛下が厳しい言葉をアラバスに投げる。
「恐れ入ります。早急に対処致しますので暫しお待ちください」
その時マリアが部屋に入ってきた。
「パパ~ ママがいないの……あっ! ママだ。探したんだよぉ」
途端に王妃陛下の顔がデロデロの緩んだ。
「まぁぁ! マリアちゃんはママを探してたの? ごめんなさいね、お仕事だったの」
王妃に駆け寄り抱きつくマリア。
国王が羨ましそうな顔をしている。
「あれ? これってヒワリ語の古い字でしょ? マリア読めるよ~」
全員が驚愕の表情を浮かべた。
「マリア、これが読めるのか? ヒワリ語を習っているとは聞いたが、古典文字まで習っていたのか」
「ううん、習ってないよ。あのおっさんは、ちょろっと説明したらすぐ自習だって言って寝るか、部屋を出ていくかだから暇なんだもん」
「どういうことだ?」
アラバスの問いに、マリアが満面の笑みで答えた。
「机に置いてあった本を見て覚えたの。古典文字と新文字は同じところもいっぱいあるから読めた」
王妃が驚いた顔で聞く。
「確かに同じ文字はあるけれど、違うのもあるでしょう? どうやったの?」
「辞書で引いたの。アシュが辞書を教えてくれたんだよぉ」
「マリア……」
アラバスが手を広げると、マリアが駆け寄ってポスッと腕の中におさまる。
髪を撫でながら優しい声でアラバスが言った。
「マリアは凄いな。本当にいい子だよ。ではこの文章が読めるかな?」
「うん、読める!」
手紙を広げて読み始めるマリア。
トーマスは手帳を開いてメモを取る準備をした。
「えっとねぇ『了承し時間を稼げ。十日後に北の離宮を訪れよ』って書いてあるよ」
「北の離宮か。おそらくダイアナを連れ出すと同時にラランジェを消すつもりのようだな」
国王がニヤッと笑った。
「なるほどうまい作戦だ。一気にシラーズとバッディが敵に回るぞ」
王妃がマリアをアラバスから引き剝がして横に座らせた。
トーマスの言葉にアラバスが深く頷いた。
「地理的に西の国とはかかわることが無かったし、ちょっと胡散臭い感じではあったが、良識的な対応をする国だという印象だった。少し状況を整理する必要がありそうだな。国王のところへ行こう。カーチス、すまんが王妃陛下をお連れしてくれ」
「うん、でもその前に着替えさせてよ。余りにも酷い恰好で母上の前に出ると大変な目に遭いそうだ」
「では10分やる。国王陛下の執務室で会おう」
カーチスは何かを言いかけたが、諦めたように駆け出した。
「ところでトーマス、バッディの皇太子にはどう伝える? あちらはお前のところへ身を寄せていると思っているはずだ」
「そうだよね……今の段階で姿を消されたら、我が国の有責で王女を攫われたことになってしまう。アレンがそろそろ到着するはずだから、彼から王太子に伝えてもらおうか」
「アレンにはどうやって繋ぐ? 内容が深刻だ。露見するのは絶対に避けたい」
「そこは大丈夫だよ。奴が一番上手かっただろ? スパイごっこの秘密メモ」
「ははは! なるほどな。ずっと忘れていたが、こんなことで使うとは思わなかった」
二人は懐かしそうに昔を思い出してニヤついた。
「失礼します」
入ってきたのは侍従長だ。
「どうした?」
「ダイアナ王女殿下宛の手紙が届きましたので、お持ちいたしました」
「来たか!」
受け取ったアラバスが丁寧に封蠟を外す。
「うわっ! 参ったな……これは暗号か何かか?」
アラバスの声に手紙を覗き込んだトーマスが溜息を吐いた。
「おそらくヒワリ語の古典文字だ。誰か読める奴いたかな」
アラバスが悪い顔をしてトーマスを見た。
「いるじゃないか、マリアの『かてきょのおっさん』って奴が。異国から親書が届いたが、ヒワリ語だったから解読せよという理由で呼び出せばいい」
「来るかな……」
「賭けだな」
騎士がやってきて、国王の執務室へ来るようにとの伝言を伝えた。
「あっ! 忘れてた」
「カーチスの奴、本当に十分で準備したんだな……」
二人はその手紙を手に駆け出した。
「遅くなりました」
執務室には国王夫妻の他、第二王子のカーチスとラングレー宰相が揃っていた。
「すみません、ダイアナ宛の手紙が届いたものですから」
そう言うとアラバスは現状を説明し始めた。
「なるほど、あぶり出しか。また幼稚な手段を使うものだ。それにしてもよく見破ったな」
「ええ、幼少期に経験がございましたので」
アラバスの声に王妃がニヤッと笑った。
「私もやったことがあるわ。でも上質で厚手の紙でないと読む前に燃えちゃうのよね」
「ええ、今回の件もその条件がヒントになりました」
そう言ったトーマスが、カーチスが連れ帰ったシラーズ王国元宰相親子の話を伝えた。
「そうか、西の国の国王親子が元凶というわけだ。わが国の『草』は見つけたのか?」
「いや、まだです。この話もつい数時間前に聞いたので」
「鈍いわねぇ。なんでも自分でやろうとするからいけないのよ。あなたには手が二本と足が二本しか無いの。しかも頭なんてひとつしかないでしょう? 人を使うことを覚えなさい」
王妃陛下が厳しい言葉をアラバスに投げる。
「恐れ入ります。早急に対処致しますので暫しお待ちください」
その時マリアが部屋に入ってきた。
「パパ~ ママがいないの……あっ! ママだ。探したんだよぉ」
途端に王妃陛下の顔がデロデロの緩んだ。
「まぁぁ! マリアちゃんはママを探してたの? ごめんなさいね、お仕事だったの」
王妃に駆け寄り抱きつくマリア。
国王が羨ましそうな顔をしている。
「あれ? これってヒワリ語の古い字でしょ? マリア読めるよ~」
全員が驚愕の表情を浮かべた。
「マリア、これが読めるのか? ヒワリ語を習っているとは聞いたが、古典文字まで習っていたのか」
「ううん、習ってないよ。あのおっさんは、ちょろっと説明したらすぐ自習だって言って寝るか、部屋を出ていくかだから暇なんだもん」
「どういうことだ?」
アラバスの問いに、マリアが満面の笑みで答えた。
「机に置いてあった本を見て覚えたの。古典文字と新文字は同じところもいっぱいあるから読めた」
王妃が驚いた顔で聞く。
「確かに同じ文字はあるけれど、違うのもあるでしょう? どうやったの?」
「辞書で引いたの。アシュが辞書を教えてくれたんだよぉ」
「マリア……」
アラバスが手を広げると、マリアが駆け寄ってポスッと腕の中におさまる。
髪を撫でながら優しい声でアラバスが言った。
「マリアは凄いな。本当にいい子だよ。ではこの文章が読めるかな?」
「うん、読める!」
手紙を広げて読み始めるマリア。
トーマスは手帳を開いてメモを取る準備をした。
「えっとねぇ『了承し時間を稼げ。十日後に北の離宮を訪れよ』って書いてあるよ」
「北の離宮か。おそらくダイアナを連れ出すと同時にラランジェを消すつもりのようだな」
国王がニヤッと笑った。
「なるほどうまい作戦だ。一気にシラーズとバッディが敵に回るぞ」
王妃がマリアをアラバスから引き剝がして横に座らせた。