愛すべきマリア
「開けろ。陛下の御成りだ」

 騎士が守っている地下牢の入り口で、アラバスが声を出した。
 国王の登場に騎士達は色めき立ったが、粛々と指示通りに動きだす。

「別々に入れているのか?」

 アラバスの声に兵士長が答える。

「はい、殺し合いをしそうなほど険悪な雰囲気でしたし、取り調べの前に口裏を合わせる恐れもありましたので、それぞれ独房に入れました」

「賢明な判断だ。まずは父親と話そうか」

 国王がそう言うと、数人の兵士が奥の方へと消えたて行った。

「ここはもっと劣悪な環境かと思っていたが、意外と清潔なのだな」

 国王の言葉にアラバスが答えた。

「先代までは酷い有様だったと聞いていますが、罪人にとって劣悪な環境ということは、そこで働く者にとっても良くないということで、今ではかなり改善されていますよ。王妃陛下のご意向です」

「カレンか。ああ、それでよい。罪は犯せど人は人だ。それらを監視するのも同じ人だ。両者を分けるのはほんの些細な何かだろうからな」

 取り調べのために用意された小部屋で待っていると、萎れた顔の侍従長が連行されてきた。

「なんという顔をしている。ほんの数時間前までは、使用人達の手本であったお前が」

「国王陛下……」

「あまり時間が無い。正直に話してくれ。お前がマリアに毒を盛ったというのは本当か?」

「はい、最終的に実行したのは私です。次男のリーベルが長男のシーリスから渡されたものは、強力な麻痺剤でした。次男が私に相談して参りましたので、軽い腹痛を起こす微毒にすり替えて、マリア妃のお気に入りであるスミレの砂糖漬けに混入しました」

 アラバスがグッと掌を握りしめる。

「そうか。まあ王族に毒を盛ったという事実は消えんがな。その微毒というのはどこから入手したのだ?」

「ラランジェ王女の侍女をしていたレザード・タタンからでございます」

「ラランジェが関与していると?」

「直接ではございませんが、あの微毒をマリア妃に使うことには合意をされておりました。と申しましても、それは最初の頃ですが」

「舞踏会の時か……なんと稚拙ないじわるをするものだ。お前はその時から、その存在を知っていたということだな?」

 侍従長がグッと唇をかみしめた。

「今となっては言い訳でございますが、私と次男は影ながらマリア妃をお守りしていたつもりでございました。過激な行動に出ようとする長男を宥めすかしながら、説得を繰り返していたのでございます。しかし、西の国に連れ去られた母親の件を持ちだされ、次男が長男に協力をすると……私は長男を殺し、自分も死ぬ決意をしたのでございます」

「ふぅん、次男はどうするつもりだったのだ?」

「あやつは逃がしてやりたいと思っていました」

 国王がアラバスの顔を見た。
 小さく頷いたアラバスが後を引き取る。

「その割にはマリアを攫おうとしたではないか。お前の言っていることは矛盾だらけだぞ? どちらにしてもお前たちは全員処刑なんだ。きれいに全部話してしまえよ」

 侍従長がアラバスを見上げた。

「マリア妃を攫おうとした? 逃がそうとではなく? 私は次男に……リーベルには『マリア妃を守れ』と言い聞かせました。アラバス殿下かカーチス殿下、又はトーマス卿が部屋に来るまでは必ず守れと……ははは……私は次男にも裏切られていましたか」

「奴らにとってはお前の方が裏切り者だそうだ。お前の献身を疑ったことは一度も無いが、マリアを害しようとしたことは絶対に許さない。それだけは何があっても絶対にだ」

 そう言うとアラバスは兵士に合図をした。

「言い残すことは無いか?」

 侍従長がギュッと一度だけ強く目を閉じた。

「タタンが……レザードの父親が姿を消しました。クランプの命を狙っていると思います」

「そうか」

 アラバスはそう答えただけで、それ以上の言葉は発しなかった。

「次男の方を先に連れてこい」

 国王が立ち上がった。

「後は任せる。代わりにトーマスを寄こす」

「畏まりました」

 国王がニヤッと笑った。

「殺すなよ?」

「善処します」

 なんとも不穏な会話を交わした親子に兵士が体を固くした。
 すぐにやってきたトーマスがアラバスに言う。

「殺すなよ?」

 アラバスがフンッと鼻を鳴らした。

「そっくりそのままの言葉を返すよ」

 連行されてきた侍従長の次男は、相変わらず感情の無い顔をしていた。
 まず口を開いたのはトーマスだ。

「なあ、僕が誰か知っているか?」

「トーマス・アスター侯爵閣下でございます」

「うん、その通りだ。最近爵位を継承してね、アスター侯爵となったトーマスだ。アスター家はどんな家か知ってるのか?」

「マリア王子妃殿下のご実家でございます」

「正解。マリアは僕の妹だよ。君が母親を助けたいという気持ちと、僕が妹を守りたいという気持ちは、同じような感情かもしれない。だとすると、君にも十分理解できるだろう? 僕がどれほど怒っているかを」

 リーベルが唇を嚙んで俯いた。

「正直に全部話してくれ」

 リーベルがのろのろと口を開く。
 その言葉は、アラバスに言ったものとほぼ同じ内容だった。

「兄に洗脳されたか」

「兄は……兄はとても優しい人でした。母を大切にし、私のことも愛してくれた。父はほとんど家にはいませんでしたが、私たちは三人で穏やかに暮らしていたんだ……あの日までは」

 俯いたリーベルをアラバスがじっと見ている。
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