愛すべきマリア

16

 片づけ終わった男たちがマリアとダイアナを振り返る。
 代表してアラバスが声を出した。

「すべて完了した。君たちはもう休むといい」

「アシュたちは?」

 マリアの問いに答えたのはバッディ王だった。

「なんだか気持ちが高揚して眠れそうにありません。少しだけナイトキャップをいただこうと思います」

「うん、わかった。マリアもナイトキャップして寝るね」

 嚙み合っているようで、全く嚙み合ってない返事をしたマリアが、ダイアナの手を取った。

「アナちゃんは? お部屋に帰る?」

「左様でございますね……なんだかいろいろなことを考えてみる必要があるようですので、部屋に引き取らせていただきますわ」

 マリアが両手でダイアナの頬をグイッと挟んだ。

「考えても過去は変わらないの。考えるだけ無駄よ? 思い出して笑うなら良いけれど、考えて辛くなるなら考える価値はないの」

「誰の言葉だい?」

 兄の言葉にマリアが答える。

「お母様よ。亡くなる前に何度もそう言われたの。これからもずっと楽しかった事だけを思い出しなさいって……」

 トーマスがそっとマリアの肩を抱いた。

「さあマリア、部屋に戻ろう。アラバスはもう少し借りるよ」

「うん、いいよ。じゃあね、アシュ」

 アラバスがとろけそうな顔をマリアに向けた。

「ああマリア、ゆっくり休め。眠るお前を良き聖霊達が見守って下さいますように」

 トーマスと手を繋いで部屋に戻るマリアを見送ったバッディ王がダイアナに言う。

「どうやら私たちには会話が足りていないようだ。もう少し話さないか?」

「ええ、お兄様。私もマリア王子妃殿下を見習って、素直になる必要がありそうですわ」

 バッディ王がダイアナに手を差し出す。

「十五年ぶりに兄さまと手を繋いでくれないか? あの頃はそうしていただろう?」

 その手に自分の手をのせながらダイアナが頬を染めた。

「なんだか恥ずかしいですわ……私は十五年も意地を張っていたのですね」

 アレンがすかさず言う。

「盗み食いのあとの隠れ飲みかぁ。素敵なラグジュアリーナイトだ」

 アラバスが声を出した。

「幼い頃はこんなくだらないことが楽しくて仕方が無かったよな。やってはいけないと言われるほど燃えたものだ。いろいろダメだと言われ、縛られているように感じていたが、今の方がよほど不自由なのかもしれない。大人になると、自分で自分に枷をはめている」

 四人がゆっくりと歩き出す。
 その夜のゲーム室の明かりが消えたのは、日付が変わった後だった。
 そして翌朝、準備を整えた全員が会議室に集合した。

「昨夜は楽しそうだったな」

 少し遅れて入ってきたのはワンダリア国王夫妻だ。

「仲間外れにされた気分だったわ」

 チクッと嫌味を飛ばしてからテーブルに着いた王妃に、バッディ王が返事をした。
 
「申し訳ございませんでした。お陰様でとても楽しい夜を過ごさせていただきました」
 
「じっくりとお話ができたようですわね?」

 王妃の声に頷き、横に座るダイアナの顔を見ながらバッディ王が続ける。

「はい、十数年ぶりに兄妹として腹を割った話ができました。皆様には感謝しかございません」

「それで? どういう結論になったのかね?」

 ワンダリア国王が砕けた口調で問いかける。
 一度だけグッと目を閉じたバッディ王が大きく息を吸った。

「ダイアナは連れて帰ります。この子が犯した罪を公表し、身分はく奪の上で国外追放処分といたします」

「なぜ? 分かり合えたのではないの?」

 王妃が厳しい顔で言う。

「はい、お陰様で分かり合うことができました。だからこその処罰だとご理解ください。ダイアナは我が国の国防状況を他国に漏らそうとしました。そしてワンダリア王国のことも他国に流すつもりで収集していたのです。許すわけには参りません」

 アラバスが残念そうな声を出す。

「何度も話し合いましたが、お二人の決心は固く……覆すことはできませんでした」

「ダイアナ殿下はご納得なの?」

 王妃の問いにダイアナがゆっくりと頷いた。
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