愛すべきマリア
 彼らがひと通り話し終わると、バッディ王が口を開いた。

「我が国の『草』は男爵でしたが、根深く経済部門に入り込んでおりましたよ。そこにおられるトーマス・アスター侯爵の祖父殿が、とんでもない人でしてね。たった一晩で根絶やしとなりました」

 シラーズ王が驚いた顔でトーマスを見た。

「ははは……」

 笑ってごまかすトーマスのわき腹を小突くアレン。
 アラバスが声を出した。

「カード親子とオスロの親と次男は『草』だったと告白しています。しかし、オスロの長男は少し立場が違います」

 父親に促され、シーリスが口を開いた。

「私は西の国の王家直轄部隊に所属しておりました。指示により各国へ潜入し、戦争の火種をばらまくという仕事をしておりました」

 トーマスとアラバスの脅しに、すっかり観念したシーリスは素直に全てを話していく。

「なるほど、我々は西の国に踊らされていましたか」

「しかもその理由が、親子共有のハーレムとは、いささか低俗が過ぎますね」

 二人の新王は苦虫を嚙み潰した顔をしている。

「私としましては、もうこれ以上野放しにはすべきでないと考えます」

 キッパリと言い切ったのはアラバスだった。

「三国で攻め入りますか。立地的に我がシラーズが先鋒をつとめましょう」

「それが良いでしょう。あのような国はすぐに潰すべきだ。わが国も兵を出します」

「同じご意見だとわかり安堵しました」

 アラバスがそう言うと、スッと立ち上がったのはワンダリア国王ジョセフだった。

「実は、我が王妃から皆様にお話しがしたいと言われましてね。お聞きいただけませんか? 手前みそだと言われてしまうとその通りなのですが、我が妻と嫁はなかなか良い考えを持っていると私は思っています」

 全員がカレン王妃とマリア王子妃の方へ顔を向けた。
 カレン王妃が優雅な微笑みで、全員の顔を見回す。

「ただいま紹介に預かりました、ワンダリア王国第十五代国王、ジョセフが妻カレンと申します。こちらに居りますのは第一王子アラバスの妻でマリアと申します」

 二人は立ち上がり美しい礼をする。
 誰が発したのか、ホウッという溜息が聞こえた。

「女の分際でとお考えでしょうが、この世の半分は女性でございましょう? そして戦争の犠牲になるのは男性だけではございません」

「その通りですね。東方の国では『元始女性は太陽であった』と言われていますからね」

「まあ! さすがバッディ国王陛下ですわ。博識でいらっしゃること」

 カレンがニコッと微笑んでそう言うと、息子ほどの年齢であるバッディ王が頬を染めた。

「戦う者たちもその犠牲となる者たちも、そのすべてを産み落としたのは女でございます。そう言う意味でも発言権はあると存じますの。はっきり申しますと、戦争ほど不効率なことはございませんわ」

「不効率?」

 シラーズ王が驚いた顔をした。

「ええ、不効率ですわ。武器を調達するにも兵を集めるのにも、莫大なお金が必要でしょう?しかも戦う人間が、その場にいないといけないのです。不効率で不経済としか言いようがありませんわ。これからの時代は戦争の抑止こそが大切です」

「抑止……なるほど」

「もし戦争を起こせば、どのような報復にあうのかを知っていれば、戦争を起こそうとする者は減るはずです。そしてその抑止力は兵力ではなく、民力とするべきですわね」

「民力か……具体的にお聞きしても?」

 バッディ王とシラーズ王が食いついてきた。
 誰も戦争などしたくは無いのだと、アラバスは改めて思った。

「戦争を引き起こそうとした国には、経済的制裁を科し、それと同時にその国の民達に国外への避難を呼びかけるのです。安全を保障し、生活を保護すれば、兵士となるものはいなくなるのではないでしょうか。そして大地を耕す民が減れば、当然国力も下がります。もう戦争どころではございませんわね」

「なるほど」

「避難した民たちを、流民にしてはなりません。ここが一番大切です。国を持たぬ者を待つのは、飢えと不満です。不満は新たな争いの元となりましょうから」

 マリアが立ち上がった。

「みんなで仲良くするには、言葉が大事だと思うのです。意思の疎通こそ人が人として共存するための基本ですもの」

 アラバスが目を見開いた。
 アレンがトーマスの顔を見たが、トーマスも啞然とした顔をしている。

「それぞれの国の言葉は『方言』のようなものと考え、あくまでも共通語を基本として教育を進めるのです。貴族も平民も、基礎的な教育は同じレベルのものを享受できるように、国として体制を整えるべきです。教育こそが戦争の抑止力の根幹だと私は信じています」

「おい……どうなってるんだ?」

 アレンの呟きに答えてくれる者はいなかった。

「しかし、今すぐになせることではありません。今目の前にある問題には、三国で協力し武力をもって抑え込むことが必要でしょう。ただし、鉄槌を下すのは国に対してではありません。バカな事を考え、その地位を利用して実行したあの親子です。それに阿り、臣下として否を突きつけなかった者たちも、心から反省させねばなりません」

「マリアちゃん……マジか」

 カーチスの声が妙に響いた。
 マリアがなおも続ける。

「西の国と接する二国が、ほぼ同時に新王となったのも天の啓示かもしれません。幸いにして我がワンダリアの国王は健康状態も問題なく、まだまだ第一線に立つことも可能です。若い行動力は素晴らしいものですが、年齢と共に積み重ねた経験値もまた得難い宝と存じます。今まさにその条件が揃ったのです。西の国の王家を殲滅し、我ら三国で正しい道へと導こうではありませんか。それと同時進行で共通言語による教育を推進するのです」

「女神か?」

 そう呟いたのはシラーズ王かバッディ王か。
 まず拍手をしたのはアラバスだった。
 すぐに全員が立ち上がり拍手を送る。
 カレン王妃とマリア王子妃が、ほぼ同時にカーテシーで応えた。

「三国で教育の平準化を図りましょう。我々は共通語を習得していますから、意思の疎通も容易い。それを全国民にまで広げるのです」

 アラバスが声を大きくした。
 アレンが続く。

「西の国をどう統治していくのかは、今後の課題ではありますが、分割統治ではなく、あくまでも一国として扱うのが重要でしょう。国民投票で代表者を選び、代官制度を採用するのも一つの手かもしれません」

 トーマスが口を開いた。

「西の国の王族殲滅に関しては、三国共同作戦を張りましょう。侵入経路などはここに居る者たちに先導させます。彼らはすでに洗脳から解放されています。そして各国から選りすぐりの者を選び、少数先鋭で短期決戦で、一気にカタをつけるのです」

「素晴らしい……実に素晴らしいと思います。わが国としては全面的に賛同致します」

「我が国も同様です。いやぁ……羨ましい限りです。本当にそうですよね、女性は全ての根幹だ」

 シラーズとバッディの王たちは感動したように言った。
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