愛すべきマリア
「おい、マジでどうなってんの?」

 アレンがトーマスの袖を引いて聞く。

「多分アレだ。ほら見ろ、カンペ係がいる」

「カンペ?」

 アレンが振り向くと、ラングレー夫人が大きな紙を筒状に丸めている最中だった。

「母上……じゃあ今のって誰の意見?」

「間違いなくマリアだと思う。あの子はずっと教育の大切さを口にしていたからな。内容的には当時化する前に僕が聞いていたものと同じだった。ただ、今のあの子の口調では説得力に欠けるだろ? どれほど良い意見を言ったとしても。だって考えてみろよ。マリア語で言うと、お前たちは『アシュとカチスとアエン』だぜ? どう考えても政治向き言語ではない」

「マリア語……その通りだな。僕はもしかすると元のマリア嬢が戻ってきたのかと思ったよ」

 トーマスがフッとアレンを見た。

「案外そうかもしれん。面白がって四歳児の真似をしてるだけかもしれないぜ?」

「だとしたら、相当性格悪いよな」

「でも急に戻るのも寂しくないか?」

 二人は黙ってマリアちゃんがマリア嬢に戻った時のことを想像した。

「寂しい……うん、耐えられんかもしれん。いや、絶対耐えられんな。マリアロス……恐怖しかない」

「うん。とんでもない喪失感に襲われそうだよ。アラバスなんて寝込むかも……」

 二人が顔を上げると、マリアが無邪気にぶんぶんと手を振っている。

「……マリアちゃん。やっぱり天使だ」

 アレンがうっすらと涙を浮かべながら呟いた。

「俺の妹を不埒な目で見るな。あれでも妊娠中の人妻だぞ」

「単語だけで聞くととんでもないが、なぜかマリアちゃんだと罪悪感がないんだよなぁ」

「……」

 三人の国王たちが話している場所からジトっとアラバスが睨んでいる。

「あっ! 拙い。おい、仕事しようぜ」

「ああ、仕事仕事」

 二人は会話の輪に入り、具体的な侵攻作戦を詰めていった。
 少し離れた場所で、目の下に隈を作ったカーチスがマリアの頭をしきりに撫でている。

「凄いね、マリアちゃん。全部覚えたの?」

「違うよ? あれはちゃんとマリアが考えたことなの。でもね、マリアが話してもわかってもらえないからってママが言ってね、おばちゃまが紙を出すからそれを読みなさいって」

「へぇ、マリアちゃんの考えたことなんだ。ホントに凄いよ。全くその通りだと思うもん」

「えへへ、カチスも頑張ったってパパが褒めてたよ。ママも嬉しそうだったよ」

「マジで? えへへ、やっぱり国王陛下と王妃陛下に褒められるとめちゃ嬉しいな」

「マリアも褒めてあげようか?」

「うん! 褒めて褒めてぇ」

 マリアが背伸びをしてカーチスの頭を撫でようと手を伸ばす。
 ニコニコしながら少し屈んだカーチスがいきなり後ろに倒れた。

「カチス! 大丈夫?」

 床に転がったカーチスが目を開けると、冷徹な視線で真上から見下ろすアラバスと目が合った。

「あ……兄上。ごめんなさい、調子に乗りました。反省しています」

 アラバスが、表情を変えずに言い放つ。

「今回の働き、よくやった。お前のお陰で全てが最速で動きだしたのだからな。しかし、俺のマリアに甘えるのは話が別だ」

「いや……えっと……ご褒美?」

「褒美なら俺がやろう。何がいい?」

 床に寝転がったままの姿勢でいるカーチスが、マリアにヘルプの視線を向けた。
 マリアの口が不自然に大きくパクパクと動いている。
 何かを伝えているようだ。

「ん? ま……か……ろ……に?」

 アラバスがニヤッと笑う。

「なんだ、お前。これほど頑張った褒美がマカロニか? 謙虚な奴だな」

 マリアが頬を膨らませて怒っている。

「違う! カチス! マカロン!」

 カーチスが慌てて起き上がった。

「あ……兄上、間違えました。マカロニではなくマカロンです」

 アラバスがシレッとした顔で言う。

「すでに判決は下ったのだ」

 バツの悪そうな顔でマリアを見たカーチス。

「このバカちん!」

 マリアの頬がパンパンに膨れている。

「ごめん、マリア。許してよぉ」

「ばーかばーか! カチスなんてもう遊んであげないもんねぇ~だ」

 マリアが王妃陛下の元へと去って行った。
 それを見送りながらカーチスがぽつんと呟く。

「ボクって最弱……」

「おい、カーチス!」

 しょげるカーチスを呼んだのはトーマスだった。

「帰る途中で何があったのかを話してくれ」

 先ほどまでの和やかな雰囲気が一瞬で霧散した。
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