The previous night of the world revolution2〜A.D.〜
暗い部屋の中には、三人の人間がいた。

一人はハーリア。

もう一人は、俺より一回りは年上であろう青年。

そしてもう一人。

「…誰?このおばさん」

割と素でそう尋ねてしまったのだが、このおばさんと、それからハーリアは、絶句して言葉を失っていた。

真ん中の青年だけが、一瞬きょとんとして、それから高らかに笑い出した。

「何がおかしいんですか」

「その女は俺の秘書だ」

「へぇ…」

秘書だったのか。年増だな。

「ということは、あなたが『シュレディンガーの猫』のボスですか」

「あぁ、そうだ。その女の方がボスだったらどうするつもりだったんだ?」

だって、見た目からしてこの女はただの護衛だなって分かるし。

それに。

「おばさん呼ばわりされたくらいでぶちギレる、器量の小さい当主が率いる組織なんて、怖くも何ともないですからね」

「成程。それじゃ君がもし、『青二才のガキ』と呼ばれたとしたら、広い心で許すのか?」

「え?ぶっ殺すに決まってるじゃないですか」

正直に答えただけなのに、『猫』の当主様は、けらけらと楽しそうに笑った。

何笑ってんだ。

横の女二人が、ひきつったような顔をしているのがなかなかにシュールだな。

「『青薔薇連合会』の幹部と聞いたが、若いのに随分と肝の据わっていることだ。うちの馬鹿なスパイと交換したいな」

『猫』の当主は、横に座っているハーリアをちらりと見た。

ハーリアは申し訳なさそうに俯いていた。

…ふむ。部下が無能で困るという、その気持ちは分かるが。

「…『猫』の親分さん。あなたはチェスの駒に向かって怒るタイプですか?」

「何?」

「自分がゲームに負けそうなとき、盤上の駒を叱りますか。トランプのカードに怒鳴り散らしますか。組織のトップに立つ者に必要なのは、無能な駒をいかにして上手く活用出来るかという能力です。駒自体に怒ることは無意味であり、そんなことをするのは自分が人を使う才能がないと言っているようなものですよ」

「成程。その通りだ」

これほど挑発しているにも関わらず、この男は激昂することもなく口許を歪めていた。

…うん。これはやりにくいタイプだ。

オルタンスほどではないが…本質的にはあいつと似たような人間だな。

「キレないんですか?」

「何に?」

「青二才のガキに説教されてるから」

「今ここで君にキレたとして、君が喜ぶだけだ。怒りに身を任せた者ほど、扱いやすいものはない」

「素晴らしい。その通りですね」

俺としては、ぶちギレてくれても良かったんだけどな。

まぁ、そんなに甘くはないということだ。
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