The previous night of the world revolution2〜A.D.〜
「…ほう。その根拠は?」

Xは興味深そうに顔を上げた。

「ルレイアの主張はどれも道理です…。間違ったことは言っていません。それに…彼の帝国騎士団への憎しみは、本物だと思います」

その通り。それは確かに、本物だ。

この生涯、死を迎えるときに至っても、僅かばかりも薄れはしないだろう。

「それに…この話を断ったとしたら、帝国騎士団と『青薔薇連合会』両方を相手にしなければなりません。そうすると…」

「もう良い。お前の考えはよく分かった」

カセイの言葉を遮って、Xはそう言った。

「聞いての通りだ、ルレイア・ティシェリー」

「はい」

「『シュレディンガーの猫』は、『青薔薇連合会』の申し出を受けよう。細かい条件等については、後日そちらに送らせてもらう」

この瞬間。

俺が腹の中で浮かべた、歪んだ笑みを見ることが出来たなら。

Xは今すぐに、前言を撤回していたことだろう。

「ありがとうございます、Xさん。是非ともあなたの名前を教えてもらえるほど、仲良くなりたいものですね」

右手を差し出すと、Xは躊躇いもせず、握手に応じた。

見つめ合う目が、お互いの本心を探り合っていたのは言うまでもない。

「…ところで、Xさん」

「何だ」

「我々の方も…条件、と言ってはなんですが、一つお願いが」

「…聞こう」

俺はXの横にいる、カセイを指差した。

「彼女、殺すつもりなんですか?」

「あぁ。役立たずに生きている価値はないからな」

冷徹な答えに、カセイは死んだような目で俯いた。

カセイの自業自得とはいえ、可哀想なことをする。

「彼女を殺さないでやってくれませんかね」

俺がそう頼むと、カセイはぎょっとしていた。

Xも、訝るように目を細めた。

「何故?」

「理由は二つ。一つ目は、『青薔薇連合会』と『シュレディンガーの猫』の連絡役として彼女が適任であるからです」

「他の者でも務まると思うが?」

「帝国騎士団は現状、『ルレイアはランドエルス騎士官学校にいる『シュレディンガーの猫』のスパイを探す為にランドエルスに潜入している』と信じ込んでいます。その女を俺が見つけたことは、帝国騎士団にはまだ話していません」

つまりオルタンス達はまだ、俺が『猫』と接触したことを知らない訳だ。

「『連合会』と『猫』の繋がりを帝国騎士団に悟られる訳にはいかないので、体制を整えるまで、もうしばらくはこのまま現状を維持したい。その女は、『ランドエルスに潜入する『猫』のスパイ』でいてもらった方が都合が良いんですよね」

「成程…」

このタイミングで、ランドエルスから退学者が出たら…帝国騎士団も疑問に思うだろう。

そして、カセイの身元を洗うに違いない。

そうすれば、カセイが『シュレディンガーの猫』の一員であることがばれる。

ついでに、俺が彼女に接触したことも。

それでは本末転倒というものだ。

「それで?二つ目の理由というのは?」

「あぁ。それは簡単ですよ」

俺はにっこりと笑って、こう答えた。

「折角、顔は美人なのに、死んだら勿体ないじゃないですか」

「…」

これには、カセイ自身も、Xも、面食らっていた。

悪いが、俺はそういう人間だぞ。

「しかも俺、ランドエルスではその女の彼氏、ってことになってますから。もう少し役得というものがあっても良いと思いません?」

「ふ…。成程。そういうことか」

「えぇ、そういうことです。だから生かしておいてもらえませんかね」

「良いだろう。使えない女だが、好きにしろ」

「ありがとうございます」

飼い主の許可が出たから、この猫は、俺が「好きに」させてもらうとしよう。

思わぬところで命拾いしたカセイは、呆然として何も言えなくなっていた。
< 137 / 561 >

この作品をシェア

pagetop