The previous night of the world revolution2〜A.D.〜
さて、それでは腕の傷の話に戻ろう。

この傷がいつ出来たのか、何で出来たのか、その話を詳しくしようと思ったら、まず当時の国内情勢について話し始めなければならないのだが。

これらのことは私よりルレイアに尋ねるべきことなのだろうが、要するに一言で言うと、十年に一度の不況の波が訪れたのである。

ルティス帝国全土で、ちょっと景気がよろしくなくなった訳だ。

それほど大きな不況ではない。帝都に住んでいる住民なら、たまの贅沢を控えて、年に一度の旅行も今年はやめておくか…と、財布の紐が少々固くなったくらい。

けれども、それでもスラム街にとっては、大きな打撃になった。

タイミングが悪いことに、貧民街ではその頃、流行り病が広がっていた。

何回か薬を飲めば治る程度の病気だったが、それでもその薬代を捻出することは、スラムの住民にとって並大抵のことではなかった。

不況と流行り病のダブルコンボで、スラム街の人々は窮地に陥った。

これに対し、政府は何らかの対策を取ったのだろうが…少なくとも、私とその周りの人々は、その恩恵に預かることはなかった。

お上のやることなど、最下層にいる私達には雲の上の出来事だった。

私に分かるのは、いつになく両親が切羽詰まっているということだけだった。

仕事がなかった。煙草やマッチを売ろうにも、皆財布の紐が固くなっているから、買ってくれる人は少なかった。

収入が激減した。こうなるとジリ貧だ。

一日二回の食事が一回になり、やがて食卓からパンが消えた。

更に悪いことに、当時二歳だった末の妹が例の流行り病にかかった。

兄弟への感染を避ける為に、妹は家の片隅に隔離された。

子供ながらに、どうするんだろう、と私は思った。

我が家に、妹を助ける為に薬を買う余裕がないのは、子供の目から見ても明らかだった。

貯蓄もろくにない。収入を得られる手段もない。

妹を救う為には薬を買うしかないが、でもそれをしてしまうと、家族全員が餓えて死んでしまう。

かといって薬を買わなければ、妹は死ぬ。

でも薬を買って妹の病気を治したところで、今度は食べ物がなくて皆で死んでしまうのだ。

金を借りようにも、スラムの住人に金を貸そうとする人間などいるはずがなかった。

苦渋の決断で、妹は両親の手にかけられて間引かれた。

こうするしかなかった。長く生きていれば、妹は兄弟に病気をうつしてしまうかもしれなかった。

それに、生きる望みのない妹を、生かして苦しめるのは両親の本意ではなかった。

白い布に包まれた小さな塊を抱いて泣きじゃくる母の姿は、今でもよく覚えている。

子供ながらに、ぞっとした。

こういったことは、我が家だけではなく、スラム中で行われていたことだった。

病気になった子を処分する為に、親が子を殺す。

身体が弱って動けなくなった親を、口減らしの為に子が殺す。

恐ろしいことだが、あの頃あの場所では、そんなことが毎日何処かで起きていたのだ。

そして、状況は段々と悪くなっていった。
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