The previous night of the world revolution2〜A.D.〜
三日くらい、何も口にしていなかった。

外に出る元気もなく、家の中でぼーっとしていた。

このまま死ぬのかなぁ、と朧気に考えていたのを覚えている。

その日、私の一つ上の兄が、病気にかかっていることが判明した。

兄もまた、死にたくないと泣きながら訴えていた。

両親は冷めた目で兄を見つめ、何も言わずにふらっと出ていった。

何処に行っていたのか、何をしていたのかは知らない。

けれども、夜になって帰ってきた両親は、私の知る二人ではなかった。




…食器棚が崩れるような音がした。

その音で、あの夜、私は目を覚ました。

あのとき目を覚まさなければ、私は今頃この世にはいなかっただろう。

「…?」

朝から何処かに行方を眩ませていた両親が帰ってきたのか、と思った。

病気の兄を置き去りにして、何処に行っていたのか。

その時点で私は、酷く嫌な予感がしていた。何かが違う、と思った。

何か良くないこと、悪いことが起こる。直感で、私はそれを感じ取っていた。

そして、またしても見事に的中するのだが。

隣の部屋から何やら物音がした。

聞いたこともないくらい、生々しい音だった。

隣の部屋では、妹や姉が寝ている。何かあったのなら、姉妹達が声をあげるはず。

それなのに、誰の声もしなかった。

何事が起きているのか、確かめたいのに、確かめるのが怖くて身体が動かなかった。

やがて、みしみしと床を踏み締める足音が、こちらに近づいてきた。

現れたのは、母親だった。

返り血がべったりとついた母の手には、物置に眠っていた古い鎌があった。

あ、姉妹達は殺されたんだ。私はすぐにそれを察知した。

何でそんなことを、と叫ぶより先に、私は自分の身を守ることを考えた。

これは逃げなくては不味い、と思った。

自分の身を守る為に、私は咄嗟に目を閉じた。要するに寝た振りをかました訳だ。

そしてこの作戦は上手く行った。母は私が寝ているものと思い、部屋の入り口に寝ていた者順に…まず弟に鎌を振り下ろした。

ぐちゅ、と鎌が肉に食い込む音がはっきりと耳に残っている。

母は次々と鎌を振り下ろした。順番に、無慈悲に。

私の頭には、自分が助かることしかなかった。今すぐ起きて、大声を出して兄弟達を助けようなんてことは考えもしなかった。

何処までも冷静で、そして無慈悲。思えば私の血はあの頃から、マフィアのそれだったのかもしれない。

そして、生きている兄弟は私一人だけになった。

母が最後に残った我が子に鎌を振り上げた瞬間、私は毛布代わりのボロ布を払い除けた。

かわしたつもりだったのだが、切れ味の悪い鎌が私の左腕を切り裂いた。

傷痕は、このときについたものである。

痛みはあったが、腕のことに構ってはいられなかった。

素早く立ち上がり、母に向かって思いっきり体当たりを食らわせた。

餓えて力もなかったのに、よくあんなに機敏に身体が動いたものだ。

火事場の馬鹿力という奴だ。

驚いて尻餅をついた母の手から、鎌が溢れ落ちた。

これを見逃すという手段はなかった。

ぼたぼたと血を溢れさせる左手で鎌を拾い上げた。

形勢逆転、だ。

容赦なんてしなかった。先に殺そうとしたのは向こうなのだから、私が躊躇う必要はなかった。

母は何かを叫んだが、私は聞いていなかった。

無慈悲に振り下ろした鎌が、母の胸に深々と突き刺さった。

あのときの、肉を裂く感触が…今でも、手に残っている。
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