The previous night of the world revolution2〜A.D.〜
「…自分と、自分の愛する者以外の人間がどうなろうと、どうでも良いんですよ、俺は」

その痛みが、自分のものではないのなら。

他の人間がどんなに傷つけられようと、どうだって良い。

傷つく者は、勝手に傷つけば良い。

お節介を焼いて助けたりなんかしない。自分達に類が及ばないならどうでも良い。

俺が平穏なのなら、その他の誰かがどれほど傷つこうが、知ったことではない。

今の俺は、そういう人間だ。

そういう人間に…なってしまったのだ。

「…鬼か、悪魔か。お前は」

「そうかもしれませんね」

鬼でも悪魔でも良い。

英雄の成れの果てでも。

それで、自分と自分の愛する者を守れるなら。

「…ふざけるな。あれだけ言っておいて…!私の仲間を!」

カセイは涙声でそう訴えた。

うんうん。その痛みはよく分かる。

存分に文句を言うと良い。どうせすぐ、文句も言えなくなる。

「仲間って…。あなた、どっちにしても殺されるところだったじゃないですか。俺に正体を見破られた時点で、あなたは死んでいた…。でも、あなたがスパイで助かりましたよ、カセイさん。あなたは本当に愚かで、騙しやすくて…」

俺は、カセイの頬に優しく触れた。

女を騙すときの、柔らかな笑顔で。

「…最高のカモでしたよ」

「っ!!」

カセイはその言葉で、完全に頭に血がのぼったらしく。

渾身の力を込めて、ガツン、と俺の頬を思いっきりぶん殴った。

口の中が切れたのが分かった。

だが、殴り方はほとんど素人だ。

俺は胸ぐらを掴むカセイの腹に、左の拳をめり込ませた。

「かっ…は…」

「悪く思わないでくださいね。…一回は一回。俺、やられたらやり返す主義なので」

カセイは胃液を垂らして腹部を押さえ、床に崩れ落ちた。

「ぐ…ぅ…」

「あぁ、済みませんね。女性相手には、少々強過ぎましたかね」

まぁ、どちらにしても。

カセイはどうせ終わりだ。

「個人的には、あなたの顔は好みだし、それともう一つ依頼を受けてるので、生かしてあげても良いんですが…」

俺はゆらり、とカセイに近づいた。

「…自分に靡かない猫に餌を与えるつもりはないので…死んでもらいますね」

せめて、苦しまずに殺してあげよう。

…と、思ったときだった。

「ルナニア、お前何やってんだよ!」

「よ、よく分かんないけど…ハバナさん、逃げて」

そういえば、こいつらがいたことを忘れていた。

エルスキーとアシベルが、俺とカセイの間に滑り込んだ。

カセイははっとして、痛みに顔を歪めながらも立ち上がって、教室から逃げるように走り去った。

「…ちっ。ちょっと邪魔なんですけど」

「ルナニア、事情は知らないけど、ちょっと落ち着けよ。裏切るとか何とか…。しかも、女を殴るなんて」

あはは。素晴らしい紳士精神だ。

将来の帝国騎士に相応しい。

だが。

「通してもらえますか。あの女は…殺さないといけないので」

「殺すって…何で」

「放っておけば後に、争いの火種になる…。ならば、今のうちに摘み取っておくべきなんです」

カセイ一人がいかに画策しようと、我々をどうにか出来るとは思わない。

だが…彼女のいる組織、『シュレディンガーの猫』の残党が残るのは面倒だ。

奴らは殺す。一人残らず、根こそぎ刈り取る。

恨みはないが、慈悲はくれてやらない。ルティス帝国最大のマフィア、『青薔薇連合会』の幹部として。
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