The previous night of the world revolution2〜A.D.〜
「今日も、いつもの堅パンか…。これ、美味しくないよな」

「うん…」

9歳か、10歳くらいの頃。

家にルーザと二人で、私達は食事をしていた。

大人達はまだ、仕事に行っている。

ルーザのお父さんは、港近くの建設現場に。

ルーザのお母さんは、食料工場に。

仕方なく子供達が二人で、夕食を食べていた。

食べるものは、いつも同じメニュー。

拳大くらいの堅パンと、豆とじゃがいものスープ。

このパンは硬くて、パサパサで、苦くて…。あの頃はそれが主食だったから、それを食べるしかなかったけど。

ルティス帝国の食文化に慣れた今では、もうあれを食べることは出来ないだろう。

パンに塗るマーガリンやジャムの類も一切なし。

スープの方もそう。具は硬くて苦い豆と、芽の生えかけたじゃがいもだけで、味付けは塩のみ。

ほとんど毎日、それらを食べていた。

生まれたときからそんな食生活だから、さすがに慣れたけど…。でも、不味いことに変わりはなかった。

それでも子供達は、文句を言わずに食べる。

文句を言わずに食べるように…教育されている。

だから、大抵の子供は、不味いなぁと思いながらも…何の文句も言わずに食べる。

しかし、ルーザは違っていた。

「ルーザ…。ちゃんと食べた方が良いよ」

「だって…こんな不味いもの、食べたくないよ。今日の身体訓練、凄くきつかったんだ」

ルーザはパンをほとんど食べずに、お皿の上に放置していた。

身体訓練とは、男子小学校にのみ含まれるカリキュラムであり、所謂体育の授業だと思えば良い。

しかし、ルティス帝国の小学校で行われる体育の授業とは、全く別物だ。

軍隊の訓練と言った方が良い。

箱庭帝国の男児は、強い男に育つよう、小学校のときから厳しい訓練をされる。

まだ小学校低学年の年なのに、何キロも走らせたり。

足も届かないようなプールに放り込んで泳がせたり。

タイムが遅かったり、少しでも怠けたりすれば、容赦なく殴られる。

箱庭帝国の学校では、体罰はごく当たり前のことだった。

文句を言う者はいない。学校の教師は憲兵局員の下っ端だ。生徒や保護者なんかより、教師の方がずっと立場が上だった。

あまりに酷い体罰の為に、稀に死んでしまう子供もいた。

ルティス帝国において、教師による体罰で子供が死んだとなれば、その教師本人も学校も、ただでは済まない。

けれども箱庭帝国では、体罰で子供が死んだとしても、教師は何一つ悪くない。

むしろ、そこまで手を上げなければいけないようなことをした子供が悪い、と言われた。

我が子を殺されたのに、保護者は教師に頭を下げなければならなかった。

あの当時は、それが異常なことだとは思っていなかった。

身体訓練はいつもきつくて、訓練があった日はこうしてしばしば、ルーザは夕食を食べたがらなかった。

あまりにも疲れ過ぎて、食べ物が喉を通らなくなるのだ。

「今食べておかないと…。明日は食べられないかもしれないよ」

「そうだな…」

食べるものがなくて、一日何も食べない、なんて。

あの国では、珍しいことではなかった。

「せめて、もう少し柔らかければ良いのに…」

ルーザは文句を言って、パンを齧った。

その気持ちはよく分かる。

あのパンと来たら、今思えば、発泡スチロールでも噛んでいるような食感だった。

それでも私達は何も言わない。文句を言わず、食べられることに感謝する。

ルーザくらいだ。堂々と文句を言うのは。

まぁ、彼もさすがに…家の中でしか言わないが。

「そんなこと言ったら駄目だよ、ルーザ。誰かに聞かれたら…」

「あぁ…分かってるよ」

家族なら良いが、家族以外の人にそんなこと、聞かれたら。

最悪、思想犯の卵として、憲兵局に目をつけられかねない。

自分の思ったことを口にするだけで、処刑されるかもしれなかったのだ。

本当に…恐ろしい国だった。
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