The previous night of the world revolution2〜A.D.〜
前のページへ
Ⅰ (36/39)
アイズが着々と準備を進めているその日、俺はルルシーに会いに行った。
「こんにちはールルシー」
「…またお前か」
「いつでも俺ですよ」
にこにこと答えると、ルルシーは溜め息を溢した。
「お前、仕事は良いのか。シュノに引き続きを頼んでおかないと」
「シュノさんは要領も良いし呑み込みも早いから、引き継ぎと言っても大したことはしてないですよ」
ある程度のことは、既にシュノさんに説明済みだ。
無能な末端構成員ならいざ知らず、優秀なシュノさんなら問題なく任せられる。
「それより、俺と話がしたいのはルルシーの方でしょう?」
「…気づいてたのか」
「あなたのことなら何でも分かりますよ」
ずーっと何かを言いたそうにしていた。ルルシーはいつだってそうだ。
俺が何かに首を突っ込もうとしたら、俺のことが心配で堪らないって顔をする。
「言ってくださいよ。怒ったりしませんから」
「…」
ルルシーは少し視線を彷徨わせ、そして…。
観念したように、溜め息をついた。
「…今更言うのもなんだがな」
「はい」
「俺は、今回のお前の潜入任務について、賛成してない」
…だよね。
そうだと思った。
ルルシーは最初から、俺ではなく自分が行くことを望んでいた。
それは、自分の方が適役だから、ではない。
「俺は…お前が帝国騎士官学校で、どんな目に遭ったのか知ってる」
「…そうですね」
優しいルルシー。底無しに優しいルルシーは、アシュトーリアさんから最初にこの任務を頼まれたときから、このことを気にしていたのだ。
「あの馬鹿なシューレンやベリアスや、死んだ教官に…何をされてたか覚えてる。初めて会った頃のお前のことも…」
俺だってそうだ。全部覚えてる。
騎士官学校を卒業した後、俺は一時的にその記憶をなくした。
でも、今は思い出している。全部覚えている。
そう何度も、都合良く忘れることは出来ない。
「ランドエルスに、あいつらみたいな人間のクズがいるとは限らない。でも、いないとも言い切れない。今のお前がいじめられるとは思わないが、誰かがあのときのお前みたいに苦しめられていたら…それを見たら、きっとお前は自分の姿を重ねるだろう」
「でしょうね」
嫌でも思い出すだろう。
あの頃の記憶が、フラッシュバックするだろう。
「そうしたら…きっとお前は傷つく。あの頃の痛みや、苦しみを思い出す。それは嫌なんだ。お前が傷つくのは嫌だ。あの頃のことを思い出して欲しくない」
「…」
「だから俺が行くって言ったんだ。ルレイア。お前が行けば、きっと…嫌なことを思い出すだろうから。それに何より…お前が苦しむことがあっても、今度は、俺も助けに行ってやれない。俺のいないところでお前が傷つくことに、俺は耐えられない」
相当、そのことを悩んでいたのだろう。
ルルシーの悲痛な表情と来たら。見ていられないほどだ。
ルルシーは、俺が騎士官学校にトラウマを持っていることを知っている。
けれども今度は、俺に何かあっても、すぐに助けに行くことは出来ない。
そのときは、俺は一人で、自分だけで何とかしなければならない。
それが耐えられないと。俺が昔のように、空虚な瞳で苦痛に耐える痛々しい姿に、例え一瞬でもなることに耐えられない。
ルルシーはあのときから…。俺を助けてくれたあのときから、ちっとも変わっていない。
こんなに心の綺麗な人間を、俺は他に知らない。
だから俺は、ルルシーが好きなのだ。
「…ありがとう、ルルシー」
その気持ちだけで、俺は充分救われている。
次のページへ