The previous night of the world revolution2〜A.D.〜
「…ただいま」

「お帰りなさい、ルヴィアさん」

最近はもう、帰宅するとフューニャが出迎えてくれるのが、当たり前になった。

これを当たり前にしない方が良いことは分かっている。

だって、これが当たり前になったら…。フューニャがいなくなったとき、俺はきっと酷い喪失感に苛まれることになるだろうから。

「…あのさ、フューニャ」

「はい?」

名字、どうする?…と…聞こうと思って、でも、聞けなかった。

「…いや、何でもない」

「…そうですか」

フューニャの方も、わざとその話題を避けようとでもするように、自分から言い出すことはなかった。

忘れるはずはないから、ちゃんと分かっているのだろうが…。

「…今日の夕飯は、本屋さんで見つけた料理本に載ってたレシピなんですよ」

「そうか。楽しみだな」

お互いに、分かっていたのだ。

名字を決めて、戸籍をちゃんと作ったら。

フューニャはここから出ていかなくてはならなくなる。

覚悟は決めたはずなのに…やっぱり、俺は揺らいでしまっていた。

…自分が情けない。

だが、もうのらりくらりとかわす訳にもいかなかった。これ以上は、アイズさんを待たせられないから。

「…フューニャ」

「はい」

俺は意を決し、再度フューニャに尋ねた。

「…その、名前の件なんだけど」

「…はい」

フューニャは明らかに、暗い顔をした。

「名字…どうするか、決めたか?」

「…」

視線をさまよわせ、すがるように俺を見て…。そして、俯いた。

「…ごめんなさい。まだ…もう少し」

「…上司が、早めに決めてくれって…。こだわりがないなら、向こうに決めてもらっても良いけど」

「いえ…それは。…私が決めます」

…こだわりがない訳ないよな。こんなになかなか決められないんだから。

「…分かった。出来るだけ急いでくれ」

「はい…」

「…あの、フューニャ」

「…?」

もう何日も前から、俺は頭の中でそのことを考えていた。

でも…どうしても、口に出すことは出来なかった。

あまりにも…厚かましい申し出のような気がして。

「…いや、何でもないよ」

「…そうですか」

拒絶されるのが怖かった、と言うよりは。

フューニャを失うのが怖かったのだ。
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