The previous night of the world revolution2〜A.D.〜
彼女の名前は、ハバナ・ユールシュル。

クラス替えの名簿表を見て知った。

だが、恐らく…いや、間違いなく偽名だろう。

俺と同じで、本名を明かしはしないはずだ。

「…」

放課後、俺は真っ直ぐに『Iron Maiden』に戻った。

傍にはべってこようとする女達を手で払って、アルコールを持ってこようとする黒服達に、紅茶を持ってくるように言った。

今酔っ払う訳にはいかなかった。

今は、考えるべきときだった。

一人にしてくれと頼むと、店の従業員達は皆退室した。

俺の傍にいたのは、エリュシアだけだった。

彼女は人払いのうちには入らない。こいつは…ペットみたいなものだ。

「…エリュシア」

「はい、主様」

「『シュレディンガーの猫』のスパイを見つけた」

「…そのように、本部に連絡致しましょうか」

「やめろ」

ルルシー達に知らせるには、まだ早い。

見つけただけで、まだ何も引き出してはいないのだから。

当初の予定では…スパイを見つけたら、捕まえて、拷問して、痛め付けて、情報を吐かせるつもりだった。

だから、見つけ次第ルルシー達に連絡を入れて、あいつを捕らえる為の包囲網を敷くべきだった。

けれども、俺はそうしなかった。

何故しなかったのか。

そう。俺は…生来、欲張りなのである。

「…女だった」

あのスパイは女だった。それが何より、俺を躊躇わせた。

「エリュシア。一つ答えてもらいたいんですけど」

「はい」

「俺に…落とせない女がいると思いますか」

エリュシアの返事は、俺の思った通りのものだった。

「そんな女は存在しません。主様」

まぁ、こいつはそう言うだろうな。

殺すより。捕らえて殴って吐かせるより。

騙して、利用した方が遥かに有益である。

そんなことは、考えるまでもない。
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