元カレ救命医に娘ともども愛されています
友人関係がひと月ちょっと続いたある日、円城寺くんに誘われたのはハイクラスなホテルのフレンチだった。

【上司に招待券をもらったので付き合ってもらえませんか?】

そう誘われ了承したけれど、心の中では妙な期待をしてしまう。今まで気の置けない店を選び、絶妙に友人の距離でいた私たち。今日何か変わってしまうのだろうか。
いや、期待しすぎだ。彼が私と同じ想いでいるなんて思い込み。
そう自分を律しつつ、手持ちの服の中で一番シックで上等なワンピースと、ハイヒールを身に着ける。ロングの髪も巻いてサイドにひとつ結びにした。
待ち合わせたホテルのロビー、円城寺くんはぱりっとしたグレーのサマースーツ姿だった。普段はシャツにスラックス程度だったり、夜勤明けの日は私服のジーンズ姿だったり。病院ではスクラブに白衣だった。スーツ姿を見たのは初めてだ。

「月子さん、素敵ですね。紺色のワンピース、月子さんの長い手足が映えて、似合ってます」
「ありがとう。でも、私としては円城寺くんのスーツ姿にびっくりしちゃった」
「変ですか?」

格好いい。素敵。そんな言葉を思わず飲み込んで、代わりに言った。

「大人になったなあ」
「また、母親か姉みたいな口調」

そう言って、円城寺くんは笑った。
並んで入店し、向かい合って座る。席は窓際で、他のテーブルとは距離があった。

「夜景が見える」
「そういう席にしましたから」

私が窓から彼に視線を戻すと、円城寺くんは微笑んでいた。

「すみません。上司からの招待券は嘘です。ふたりでこういう店に来てみたかったので、こんな誘い方をしました」
「……素直に言ってくれたらよかったのに」
「月子さんを身構えさせたくなかったから」
< 14 / 71 >

この作品をシェア

pagetop