元カレ救命医に娘ともども愛されています
野木坂病院の高度医療救命センターには、関係者の入口がある。そこから入り、受付で名乗った。

「現在、処置中です。奥に待合スペースがございますので、そちらでお待ちください」

ベンチに腰掛けると琴絵さんが嘆息した。落ち着こうとしているのが伝わるけれど、依然真っ青な顔のままで表情は硬く凍り付いていた。私は琴絵さんの手を取った。大丈夫と言いたげに頷く琴絵さんの手を一生懸命撫でた。
私と琴絵さんの脳裏には、十七年前の記憶が過っていた。私の両親は事故に巻き込まれて亡くなっている。スリップしたトラックが対向車線をはみ出し、正面衝突だったそうだ。
学校から病院に駆けつけ、混乱して泣く私を琴絵さんが抱きしめた。両親の最期に、私も琴絵さんも間に合わなかった。暗い病院の廊下で、私と琴絵さんは声をあげて泣いたのだ。
あの恐怖と喪失感を二度と味わいたくない。もう私たちから家族を奪わないでほしい。
やがてドアが開き、現れたのは和馬だった。
医師として説明に出てきたのだろう。私たちの前に立ち、真剣な表情で告げる。

「浅岡さんの処置を進めています。左足と腰椎に骨折が見られ、腹腔内に出血が多く、輸血をしながら手術を行いました」

琴絵さんが息を詰めるのがわかった。

「脳や心臓に致命的なダメージは負っていませんが、内臓の状態、出血の状態から予断を許しません。でも……」

和馬は医師の顔から、一瞬家族の顔に戻った。それは苦しそうでもあり、強い決意にも満ちていた。

「必ず……助けます」

おそらく、医師としての和馬はこんなふうに言わない。彼は私たちのためにこの言葉を紡いだ。

「和馬くん、お願いします」

琴絵さんが涙をこぼし、頭をさげた。
私は真優紀とともに和馬を見つめる。

「和馬……、頑張って」
「ああ」

和馬はしっかりと頷き、センターの中に戻っていった。

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