元カレ救命医に娘ともども愛されています
それについてはぐうの音も出ない。実際、子どもを産めばキャリアは中断になる。そして、和馬が今の状況では育児はワンオペになるだろう。仕事と両立できないなら、子どもを望むのは現実的ではないと、私たちは選択するかもしれない。

「和馬がきみに洗脳されたまま、道を違えるなら、私も和馬の職場に圧力をかけなければならなくなるな」
「そんなこと……できるはずが……」
「できるんだよ。和馬の務める病院の理事長は、私と懇意だ。息子の我儘にお灸を据えたいと頼めばすぐだろうね。……きみのような女性は、自分が傷つけられるより嫌だろう」

言葉が出なかった。言うことを聞かせるために、息子を失職させるつもりなの? 
なんて卑劣なんだろう。和馬の職を人質にとり、私に別れを要求するなんて。
だけどこの人の言う通り、私の身に何か起こるより和馬の不利益のほうがずっと嫌だ。私のせいで、和馬が身命を賭して従事している仕事を失うなんて絶対に避けたい。

「よく考えたまえ。無事に別れてくれたら相応の金額を現金で渡そう。苦労してきたきみに、慰謝料もやらないとけち臭いことは言わないさ」
「……馬鹿にしないでください。お金なんていりません」

和馬を人質にとられ、私が揺れているのを、この人はよくわかっている。憤りで胸が苦しい。

「いい返事を待っているよ」

そう言って、和馬のお父さんは立ち上がった。
ひとりスペースに残された私は、拳をにぎってうつむいていた。

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