元カレ救命医に娘ともども愛されています
「そういう話はいいの。ほら、寝て寝て」
「いやあ、本当に月子先輩にはお世話になりました。痛すぎて息もできなかったときに、先輩が救急車を呼んで付き添ってくれて、救急隊員やお医者さんに説明してくれて。ひとりだったらどうにもなりませんでしたよ」
「普通のことをしただけ。今日、桜田さんの笑顔が見られてよかったよ」
「土曜日なのに、わざわざお見舞いもすみません。あ、仕事も……せっかくプロジェクトに入れてもらえたのに~」
「入院は一週間くらい? 待ってるから、治して合流してね」
「退院したら、御礼を兼ねて飲み会を企画しますからね。絶対参加ですよ!」
「もう、安静にしてなさい」

病室を出て、ふうと息をついた。ともかく後輩が無事でなによりだ。
昨晩の再会にいまだ驚いてはいるけれど、彼が医学部だったことも救命医志望だったことも私は覚えている。

「そうか、望んだ道に進めたのか」

ひとり呟いて、エントランスを目指す。彼、円城寺和馬くんは夢を叶えたのだ。私はどうだろう。
武藤月子、二十八歳。総合商社サンカイ国内特販部勤務。グループリーダーを務めている。
円城寺くんと同じ大学に通っていた頃は、他にも色々夢があったような気がするけれど、結局内定をもらった中で一番有名な企業に入っただけかもしれない。

(でも、やりがいはある。今の自分も今の仕事も好き)

取り組んでみれば、新しいことを覚えられるのは楽しいし、自分が動かした商材がこんなところに使われていると知ると充足を覚えた。同僚たちともいい関係を築けて、高いモチベーションで仕事ができていると思う。
そうだ。夢を叶えた学友を励みに、私も改めて頑張ろう。そう心に誓って、歩みを進める。
土曜とはいえ一部の外来はやっているようで、ロビーにはそれなりに人がいた。横を通り過ぎ自動ドアを抜けて、病院を背に歩き出す。

「月子さん!」

後ろから呼ぶ声が聞こえた。私をそう呼ぶ人は今の会社の女の子の後輩。あとは、彼くらいしかいない。
振り向くとそこには円城寺和馬(かずま)がいた。
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