元カレ救命医に娘ともども愛されています
3.愛娘
琴絵さんとふたりで引っ越したのは東京二十三区のはずれ。駅周辺以外はのどかな風景も残る地域に、古い戸建てを借りた。
私も琴絵さんも職場への直線距離は遠くなったものの、乗り換えが少なくなったので通勤時間はさほど変わらなかった。
隣の駅には琴絵さんの恋人の浅岡さんの家があり、力仕事や車を出したいときには、在宅ワーカーの彼が手伝ってくれた。何度か会ったことのある浅岡さんは、引っ越してからは家族のように関わってくれてありがたい。
妊娠期間は順調に過ぎていき、安定期に入るタイミングで上長と同僚に伝えた。シングルマザーになることに対し、私に近しい人たちは皆理解を示してくれた。
噂は自然と流れるもので、『既婚者との子を身ごもった』とか『遊んでいたから父親がわからないのではないか』など根も葉もない不名誉な陰口もたたかれた。私を知ろうとしない人間に、何を言われても構わない。私と和馬にあったこと、私がどうしてもこの子を産みたいと思った気持ちは、誰に理解されなくてもいいのだ。
和馬とは一切の連絡を絶った。
スマホを変え、電話番号やメールアドレスを変えた。メッセージアプリは社内で使っているものだけにし、和馬と連絡を取り合っていた種類のアプリはインストールしなかった。
引っ越しもしたので、和馬はもう私の足取りを追うことはできないだろう。
そう考えて、自意識過剰だなと自嘲してしまう。
和馬は別れに了承したのだ。納得していなくても、応じてくれたのだ。
未練たらしく私を追ったりしない。
……いまだに私を想っていてほしいだなんて、勝手すぎる。
おそらく和馬は父親の勧める相手と再び会うだろう。そして考えるはずだ。円城寺家のために選ぶ道について。
和馬は父親を捨てて私を選ぶと言っていたけれど、けっして責任感がない人じゃない。
(幸せになってほしい)
道を分かったとしても、愛した人だ。お腹の子の父親だ。もう会うこともないだろうけれど、遠くで幸せになってほしい。