元カレ救命医に娘ともども愛されています
夏が行きすぎ秋がきて、私は三十歳になった。翌月、私は小さな女の子を出産した。
予定日より少し早く、長時間の陣痛の末に産まれてきた娘。
真っ赤な顔で元気に泣く姿に、私は涙し、琴絵さんと抱き合って喜びを分かち合った。

真優紀(まゆき)と名付けたのは、優しい子に育ってほしいと願ったから。苦労をかけるかもしれないけれど、どうか優しい気持ちだけは忘れずに大きくなってほしい。
産まれた瞬間から、私のすべてはこの子のためにあると感じられた。
私がちょっとでも失敗したらこのか弱い命は消えてしまうのではと考えると恐ろしい。それと同時に、いとおしくてたまらなかった。この子のためならなんでもできる。これが母性というものなのだろうか。
真優紀は私に似ていた。琴絵さんも同じ血を感じるのか、「月子に似てるし、私とも鼻のあたりが似てない?」と嬉しそうだった。
一方で、あきらかに和馬の血を感じるところもあった。たとえば爪の形だ。私の爪は小さいけれど、真優紀の爪はまだ赤ん坊なのに縦長で、父親からの遺伝なのだと感じさせた。
大きくなって顔が変われば、和馬に似ている部分は増えてくるのではないだろうか。
真優紀が和馬と会うことはない。
私から父親の名を告げることもない。それだけは申し訳なく思う。
私の我儘とエゴで産まれた子だ。せめて、精一杯愛して幸せに育ててあげたい。

「あー」

小さな声をあげる真優紀を見下ろし、まだ薄い髪を撫で、私は幸せを感じていた。
愛した人を自ら遠ざけた罪悪感と喪失感を抱えたこの数ヶ月。もう一生、この寂しさは埋まらないのだろうと覚悟していた。
あの痛みは消えていない。だけど、真優紀の存在が私を癒してくれる。痛みも喪失感も抱えて生きていこうと思える。前に進む気力をくれる。
母になるのは強くなることでもあるのかもしれない。
真優紀の存在を糧に私はこれからも生きていくのだ。
< 42 / 158 >

この作品をシェア

pagetop