元カレ救命医に娘ともども愛されています
しかし、人通りの多い道でプライベートな話は避けたい。会社近くでは関係者も通りかかるかもしれないのだ。

「あなたの子じゃない。本当に急いでいるから」

私は小声で短く言い、逃げるように地下鉄の階段を下りていった。和馬は追いかけてこなかった。
不安と焦燥で頭の中がぐるぐる回っていた。
どうしよう。和馬が真優紀の存在を知ってしまった。どうして知られてしまったかはもういい。大事なことは、真優紀を自分の娘だと疑っている点だ。
和馬は疑問をそのままにしてはおかないだろう。必ず真実を明らかにする。そのとき、和馬は行動を起こすだろうか。

(どうしたらいいの……?)

やってきた電車に飛び乗り、ドアの近くに立って唇をかみしめた。嫌な汗をかいていた。


真優紀を迎えに行き、帰宅した後も、不安で胸が重かった。琴絵さんが帰ってきて、すぐに相談をした。今日の桜田さんの話から始まり、帰り道に和馬が会いに来たことを。
琴絵さんはしばし険しい顔をして考え込んでいた。

「月子はどうした方がいいと思う?」

尋ねられ、私は腕の中の真優紀をあやしながら答える。

「和馬とはもう関わりたくない。別れてから一年半、きっと彼はもう結婚していると思う。真優紀の存在は邪魔にしかならないし、もし外聞が悪いから円城寺家に引きとるなんて言いだされたらたまらないよ」
「……月子の記憶の中の和馬くんはそういう人?」

私の記憶の中の和馬は優しいままだ。私を深く愛してくれた善良な和馬。
しかし、今日会った和馬は冷たい目をしていた。私が子どもを産んでいたことに対する不信が彼の態度を硬化させているのかもしれない。結婚しているとしたら、夫婦不和の原因にもなりかねない。
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