元カレ救命医に娘ともども愛されています
電車に乗り新宿まで出る。駅は混み合い、出てすぐの繁華街も人が多い。

「JRだから、私たちはここで」
「家まで送ってあげたいけど」
「遠慮する」

首を左右に振った。和馬は今私たちが住んでいる住所すら、おそらく調査会社を使って調べてあるだろう。それならわかるはずだ。今日出かけた科学館に行くなら我が家からバスと電車を使って行く方がスムーズ。それなのに、帰り道は遠回りになる新宿を経由した。離れがたい気持ちでいるのがバレてしまっているかもしれない。
和馬がベビーカーに手をかけた。

「駅構内は混むから、改札まで送るよ」
「……ありがとう」

人の波をうまくかき分け、和馬がベビーカーを押す。一歩後ろをついていく私は、不思議な気持ちでいた。以前、和馬は言った。こうしていると、別れた過去がなかったかのようだと。
あの時は否定したけれど、私も同じ気持ちでいる。
今、これほどまでに和馬と離れがたい。
浅岡さんの言葉を思い出す。私が決めること。私も和馬も今は独身で、寄りを戻そうと思えばできる。
だけど、私はもう同じことを繰り返したくない。和馬の父親とも争いたくない。
彼の父親に対して思うところはあるけれど、やはり親や周囲に反対される恋愛はつらい。
真優紀を守るためには、早く和馬と離れた方がいい。いや、真優紀を守るのではない。私の心を守りたいのだ。

(勝手なのは私だ……)

エレベーターで改札階に降り、和馬が私の手にベビーカーを戻す。

「今日はありがとう。楽しかった。また誘うけど、月子が忙しいなら遠慮なく断ってくれ」
「うん……、和馬」

顔をあげた私は何を言いかけたのだろう。自分でもわからないでいるうちに横から声をかけられた。

「和馬さん?」

そこには着物姿の若い女性がいる。ちょうど改札から出てきたところだろうか。結い上げた髪も控えめなメイクも上品で大人びて見えるけれど、おそらく二十代前半だろう。

「麗亜(れいあ)さん」

和馬が彼女の名を呼んだ。




< 71 / 158 >

この作品をシェア

pagetop