元カレ救命医に娘ともども愛されています
家柄から相当なお嬢様だろうし、この図々しさは世間知らずの現れ? ともかく、庶民アラサーの私には少々理解しがたい。
和馬が口の中で小さく「ごめん」と言った。それは私にだけ聞こえる声だった。え?と見上げると和馬は麗亜さんに向かって口を開いた。

「麗亜さん、俺はあなたと結婚する気はないと言いました。婚約者だとも思っていません」
「まあ、和馬さん」

和馬が突然私の腰を抱いた。不意のことでぎょっとして固まってしまう。

「彼女、武藤月子さんは俺の恋人です。この子は俺の娘です」

麗亜さんの目が見る間に丸くなっていく。
一方で私は激しく狼狽した。
どうして話してしまったの? 彼女を遠ざけるためとはいえ、この状況で宣言したら、後々嘘でしたとは言えなくなるでしょう。
しかし、麗亜さんの前で和馬と問い詰めることはできない。

「和馬さん……ご冗談でしょう」

麗亜さんの口調はおそるおそるといった様子で、視線は和馬と真優紀をいったりきたりしている。まるでふたりの似通っている部分を探すように。

「冗談でこんなことを言いません。ふたりで話し合い、籍は入れず同居もしていませんが、間違いなくこの子は俺の娘です」

色白な顔から血の気が失せ、紙のように白くなっていく。よろめく彼女に手を差し伸べそうになったのは私だった。しかし彼女はしっかりと足を踏ん張り、キッと私と和馬を見つめた。

「近くに家人の車を待たせています。この件については追ってご連絡いたします」

そう言って彼女は背を向けた。薄桃色の着物の背中はあっと言う間に人波にまぎれ見えなくなった。
< 73 / 158 >

この作品をシェア

pagetop