元カレ救命医に娘ともども愛されています
「……わかってる」
「それなら、どうして正しい道を選ばないの? 資産のある女性と結婚した方が和馬のためじゃない」
「それは俺の父親のためで、俺のためじゃない。俺の幸せは月子、きみだ」

立ち上がった和馬が歩み寄ってくる。踵を返そうとした私の手首をつかみ、それから強い力で引き寄せる。

「好きだ、月子。出会ったときからずっと。別れたときだって、変わらず」
「は、離して……」

後ろから抱きしめられ、動けない。抱擁から抜け出さなければと思うのに、あまりに懐かしく慕わしい温度と香りに胸がかき乱される。

「いつまでだって待つ。きみと真優紀と家族になりたい」
「駄目……そんなの」

どれほどの想いで別れたというのだろう。どれほど悩み苦しんだのだろう。
きっとまた同じことを繰り返す。
私はもう自信がない。彼の父親に否定されただけが理由ではなく、ずっとずっと和馬に似合う存在なのかが不安だった。
和馬だけを選び取れなかった私が、彼の子どもを産んで育てている。それだけで我儘勝手なのに、彼は多くのものを捨てて私を選ぼうとしてくれている。

「離して。真優紀が待ってるから帰ります」

私の決然とした言葉に、和馬が抱擁を緩めた。私は鞄を手に踵を返し、もう和馬を見ずに懐かしいマンションを出た。

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