元カレ救命医に娘ともども愛されています
そんな彼に惹かれる気持ちはあったけれど、口にしたことも態度に示したこともない。
魅力的な彼は人気者だったし、将来医師を目指すの身は多忙だ。実際、私が四年、彼が三年になると円城寺くんは専門実習なども増えてなかなか部活に顔を出せなくなった。
私も就職活動や卒業論文制作ですれ違いが増えた。
卒業間近に一度だけふたりで食事をした。偶然学校で会い、帰り道に近くのイタリアンに寄っただけだけれど。

『なんだかんだいってふたりきりは初めてですね』

彼は向かいの席でそう言った。

『そう言えばそうだね』
『もっと早く誘えばよかったって思ってます』

彼のちょっと困ったような笑顔に、私は景気よく笑い返した。

『またまた~』
『本当ですよ』

私に合わせたのか、円城寺くんも楽しそうに笑った。

『月子さんの卒業式、家の事情で行けないんです』

別れ際、彼はそう言った。

『それはしょうがないよ。また部活に遊びに行くし、会う機会もあるでしょ』
『ですよね』
『それじゃあね』

私は手を振り、彼の進行方向とは逆に歩き出した。いつまでも彼の視線を感じながら。
あの日、彼は言いたかった言葉があるのかもしれない。あの瞬間振り向けば、私と彼は何か変わっただろうか。
何度も考えたが、その後円城寺くんと会う機会は訪れなかった。
私は卒業し会社員になり、何度か男性と付き合った。彼らから言わせると私はドライで仕事が好きすぎるそうだ。そのせいか、どの男性ともあまり馬が合うことなく短期間で別れ、ここ何年も恋人はいない。
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